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芥川賞作家が描く、結婚10年目の夫婦の姿

芥川賞作家が描く、結婚10年目の夫婦の姿

文:「週刊文春」編集部

『暮れていく愛』 (鹿島田真希 著)

出典 : #週刊文春

あの人は浮気しているに違いない、私はあの人と24時間一緒にいたいだけなのに……。結婚して10年、表面的には穏やかな関係にある夫婦が、もがきながら愛の新たな段階へと進む姿を描く表題作ほか1篇を収録。理不尽の中での愛の可能性を描いた芥川賞受賞作「冥土めぐり」から1年、作家が到達した新たな地平。 文藝春秋 1575円(税込)

 昨夏「冥土めぐり」で芥川賞を受賞した鹿島田真希さんが新作小説『暮れていく愛』を上梓した。

 表題作は、結婚10年を迎えた夫婦の物語だ。妻は夫の浮気を疑っている。結婚前には「尽くす女がタイプ」だと言っていた夫が、自分にもうこれ以上の献身を求めないからだ。夫は妻に満足をしている。妻が不安を抱いていることに気付きながら、その理由が理解できず、優しい言葉をかける。その態度が、妻の疑念をより深まらせる……。

「同じ愛という言葉を口にしても、自分の愛と相手の愛は一致しないものです。相手が想ってくれている時、当の自分は案外気づかないものです。自分の方が多く焦がれているという気持ちが、愛をうまくいかなくする原因です。表題の『暮れていく』というのは熟した朱い実のイメージ。もう若くはない、結婚したばかりではないという喪失を抱えながら、それを言葉にすることで何かを変えられるのではないか、という愛の新しい段階を描きました」

 すれ違う夫婦は互いに、いつしか自分の過去の記憶を辿り始める。読み進めるうちに、別の体験であるはずの2人の過去が徐々に混ざり合い、接続し合うように見えてくる。過去の糸を辿りつくした先にあるのは、すれ違いの完全な解消ではない。しかし、逆説的に、そこである和解と救済が訪れる。他者との愛の可能性をテーマにし続けてきた鹿島田さん。その愛の捉え方の大きさには、作家である前に正教徒であることが、強く影響している。

かしまだまき/1976年東京都生まれ。白百合女子大仏文科卒業。在学中の98年「二匹」で文藝賞を受賞。2005年『六〇〇〇度の愛』で三島由紀夫賞、07年『ピカルディーの三度』で野間文芸新人賞、12年「冥土めぐり」で芥川賞を受賞。

「神の前では人は聖なる愚か者にならざるを得ないということを聖人伝から学びました。同じように、人はある愛の前では、みな聖なる愚か者になるのです。友人や恋人に愛を求める時、人は積極的になり、卑しくなる。相手が困ることがわかっていながらも、次はいつ会えるのかと求めてしまう。その一方で、他者への渇きは、どんなに俗的に見える場合にも霊的なものを含んでいると思います。神の魂は受肉して地上に降りてきたからこそ、説得力をもつのです。そういった聖と俗の邂逅をグラデーションとして書いていきたい」

 併録された「パーティーでシシカバブ」は、友人からパーティーに誘われた女子大生ミカを軽妙な一人称で書いた短篇。2009年に雑誌発表された作品だが、ここでも問題になるのは、主人公の「渇き」だ。2篇が織り成す愛のグラデーションをぜひ堪能してほしい。

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