作家の佐藤正明さんはこれまで、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『ホンダ神話 教祖のなき後で』や『ザ・ハウス・オブ・トヨタ』『トヨタ・ストラテジー』といった自動車産業についてのノンフィクションを世に問うてきた。
『日産 その栄光と屈辱』もまた、大手自動車メーカーの持つ歴史のダイナミズムを描く。
「1人のずさんな経営者のために、外資に身売りせざるを得なくなるまでの会社の命運を綴りました」
川又克二社長(後に会長)と日産労組を中心とした自動車労連会長の塩路一郎氏の労使協議路線で成長していった日産が、1977年に石原俊氏が社長に就任しワンマン体制を築き、労使協議路線を破棄したことから迷走する。社長がいくら代わっても持ち直すことなく、20世紀末にルノーの傘下となった――。
長年、自動車業界を中心に経済記者をつとめ、「トヨタ・GM提携交渉」など数々のスクープを飛ばした経歴を持つだけに、筆致の鋭さは相変わらず。
同時に、佐藤さんが20代で自動車業界担当となって以来、夜討ち朝駆けなど、記者のキャリアを重ねていく過程もかいま見えるつくりとなっており、読者は記者とともに、巨大会社の歴史的瞬間に立ち会うかのような興奮が味わえる。
「ホンダやトヨタの時は書き手の『私』を消して淡々と描きましたが、日産の場合、労組幹部に対するスキャンダル捏造(ねつぞう)工作をはじめ、信じがたいことが続出。今に至るまで、石原さんも塩路さんも誤解され続けています。数々の場面を目撃した『私』を出さない限り、説得力を持ち得ないと思ったのです」
あらゆる会社の中間管理職以上の人に手にとってほしいという。
「企業は生き物で、組織はガラス細工です。日産の例は決して特殊ではありません。実際、自分の会社に置き換えながら読むと、思い当たる節がいくつも出てくるでしょう。会社は社会の公器です。ところが世の社長の多くはオールマイティーだと勘違いし、人事権を乱用する。結果、周りに茶坊主しかいなくなる。
事実、日産はワンマン体制の結果、社長を補佐したり、苦言を呈する人がいなくなり、後の歴代社長たちは孤独に苦しみました。トップの過ちはその時だけでなく、後の代にまで響きます。その意味で、この本はビジネス書というより、歴史書として読んでほしいと思います」