特集

親と子のための「最強就活」バイブル

文: 森 健 (ジャーナリスト)

 マニュアル学生はいらない――失業率六%を目前に、企業は評価レベルを異常に高くした「厳選採用」に方針を切り替えた。頼みの綱の「就活本」や「セミナー」も逆効果になるという空前の就職難を前に、わが子を就活難民にしないための五つのキーワードを紹介する。

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「ガソリンスタンドのバイトの話をしたら、『そもそもなぜそのGSで働いたんだ?』と激しく突っ込まれた。単に近所だったから働いたんですが、なぜそこまで聞くんだろう……と脂汗が吹き出る面接でした」

 法政大学の鈴木健二さん(仮名)はそう自らの就職活動を振り返る。戦績は二勝六十敗。エントリー数だけなら百五十社を超えた。

 内定をもらった瞬間「やっとネットから解放される!」と安堵したのは、外資系損保に決まった早稲田大学の上野良樹さん(仮名)だ。就職活動中は「リクナビ」「マイコミ」などの大手サイトのほか「みん就(みんなの就職活動日記)」やmixi、2ちゃんねるなどの就活情報に朝から夜まで釘付けだった。

「受ける会社の面接情報は必須。電車の中でもケータイで見ていました」

 続々伝わってくる他人の内定情報に焦りを募らせ、落ちるたびに自分を否定された気持ちになった。

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 就職戦線が加速度的に厳しくなっている。

 昨秋のリーマンショック以降、景況は急激に悪化。多くの企業は採用縮小へと踏み切り、内定取り消しが社会問題になった。それから一年後の現在、雇用環境はますます悪化している。失業率は五・七パーセントと六パーセント目前の史上最悪の数値を記録した。

 新卒採用も、昨春の大卒求人倍率は二・一四倍とバブル期に近い倍率だったが、今春(二〇一〇年度採用)は一・六二倍に急落(いずれもリクルート調べ)。この一〇月からスタートする二〇一一年度採用ではさらに下がることが確実だ。

レベルが上った選考のハードル

 また、昨今は企業側の採用方針にも変化がある。

「昨年までなら絶対に受かっていたような優秀な学生が、今春は何人も最終面接で落とされた。企業の求める人材要件が非常に高くなっている。求人件数も二割減っており、非常に厳しい」

 と上智大学キャリアセンターの担当者が困惑を口にすれば、同志社大学の担当者もこう打ち明ける。

「今春から評価レベルが異常に高い“厳選採用”となった。景気悪化の中、企業は雇用のミスマッチを防ぎたい。そこで選考のハードルを上げたようなのです」

 学生の就職動向に詳しいリクルート「ワークス研究所」の大久保幸夫所長も、今後〈厳選採用〉は一層加速すると見ている。

「バブル期に二十八万人だった民間企業就職希望の学生数は現在四十四万人と大幅に増加。一方で企業は景気変動から求人に慎重になる。需給バランスが崩れる中で選考はますます厳しくなっているのです」

 従来の人事は採用予定者数を決算期に決めたら、その人数をきちんと揃えていた。だが、昨今は一定の水準に達しない学生は採らなくても構わないと方針を変える企業が続出したのだ。

 また近年の特徴として、親たちのわが子の就職活動への関心が急速に高まっている。そうしたニーズに対して、大学三年生はもちろん、一、二年生の親向けに就職説明会を開く大学も増えている。これを“親バカ”と笑えない事情もある。今年就職活動をした学生のある親が明かす。

「最初は子ども任せにしていたのですが、情報収集はしているものの、集めた情報をうまく消化できない、自分で何をすればいいかわからない状況でした。最近の子どもには多いタイプなのかもしれませんが、エントリーシート(ES)の書き方一つとっても、住所は『丁目』の方がいいのか、『―』でいいのかで、考え込んでしまう。社会人の先輩として、アドバイスすべきではないかと思いました」

 今回筆者は、人気企業十五社の人事部長に長時間のインタビューを試み、『就活って何だ 人事部長から学生へ』(文春新書)という本にまとめた。

 昨今ネット上には口コミの体験談が溢れている。また面接マニュアルなどの書籍も多数出版されている。だが、それらに目を通しても、もっとも肝心な部分=採用側の意図について触れたものはほとんどなかった。

 そこでインタビューでは、ESでは採用担当者はどこに着眼しているのか、面接ではどんな質問をし、学生の答えのどこに注目しているのか、といった企業側の「意図」を明らかにすることに注力した。あわせて一次から最終まで各面接での選考ポイントと、その過程で何割くらいずつ絞り込んでいくのか、という企業秘密にまで迫った。

突然「あなたはモテますか?」

 企業にはそれぞれの歴史とDNA(社風)がある。求める人材は必ずしも一様ではないが、各社の採用担当者に共通していたのが、「マニュアル学生はいらない」という強い姿勢だ。

 JR東海の担当者はこう指摘した。

「面接用に話を作ってきている人は、何度面接を重ねてもカセットテープのスイッチを押したように、同じ話を繰り返すばかり。さらに突っ込むと、辻褄(つじつま)の合わない話が出てきたりする」

 資生堂の担当者も、

「こちらの質問に対し、立板に水のごとく滔々(とうとう)と自分の考えを述べる人がいる。想定問答によって入念に準備したのはわかるのですが、残念ながら、コミュニケーションになっておらず、こちらには何も伝わらない」

 バンダイの担当者もこう語った。

「今年のNGワードの一つが『エコ』。何かの本かセミナーで得た知識で言っている場合のこの言葉はアウトでした」

 では、なぜマニュアル頼みはダメなのか。三菱東京UFJ銀行の担当者の証言。

「採用と就職は表裏一体、いわば対等なお見合いのようなもの。互いに本心で語って納得できないと、どちらも不幸になる。それなのにマニュアルで取り繕ったやり取りをしていては、出会った意味がないのです」

 企業側もそうしたマニュアル学生を排除するためにさまざまな対策を講じている。三井物産では、最終面接で人事部長が突然、「あなたはモテますか?」と質問し、マニュアルの「鎧(よろい)」をいとも簡単に剥(は)ぎ取ってしまったという。全日空ではESの自由記載(フリーフォーマット)を導入。担当者がその背景を説明した。

「数年前、マニュアルに則って書いた文章とオリジナルの文章の真贋を区別できるのかと社内で聞いたところ、難しいという声があった。そこで思い切って大きなフリースペースを設けることにしたのです」

 その結果、ESは図や写真が躍る個性豊かなものとなったという。

 企業が学生の「素」を知るために、昨今では変わった面接が行われていると前出・上智大学キャリアセンターの担当者は言う。

「とくに今春増えたのが、“雑談面接”です。志望動機は一切聞かず、学生時代何をしてきたのか、といった雑談的な話を延々としてくる。これでは学生は嘘をつけないばかりか、事前の勉強も役に立たず、『非常にやりづらい』という感想を多数聞きました」

 実はそれは〈雑談〉ではない。現在主流となりつつあるコンピテンシー(行動特性)面接というものだ。

 コンピテンシー面接とは過去の行動事実を徹底的に掘り下げることで、その人物の資質を見極める手法だ。冒頭の法政の鈴木さんがバイトの質問で閉口したように、瑣末(さまつ)な部分までとことんディテールを洗う。それこそが人事担当者がよく口にする「深掘り」だ。

企業はボランティアではない

 今回取材した十五社のほぼすべてが、このコンピテンシー面接を採り入れていた。「圧迫面接ではない」と断りながらも、「学生が泣くまで深掘りする」と語った企業もある。

 武田薬品の担当者が「深掘り面接」における良い例と悪い例を紹介する。

「中三生の家庭教師をしていたという女子学生は、その生徒と同じ趣味を共有したうえで信頼を深め、さらに自ら教材をつくり、わかりやすく指導していた。アイデア、工夫、粘り強さ。非常にすぐれた資質をもっていると思いました。

 一方、大学時代スポーツをやっていたという学生に、どんな工夫をしましたかと尋ねると『一生懸命声を出しました!』と言う。ほかにどんなことを頑張りましたかと聞いても、『一生懸命頑張りました!』の一点張り。具体性がまるでありませんでした」

 志望動機についての問いでも、深掘りは有効だ。サントリーでは、企業イメージに憧れて志望する学生も多いが、

「『社風がいいので』という学生には、うちは社風を売っているわけではなく、モノづくりの会社ですよ、と返す。その途端、黙ってしまう学生もいます」

 日立製作所では「社会貢献がしたい」と訴えてくる学生がいた。

「たしかに社会貢献は大事だが、話を聞くとどうも何も利益を生み出さない話に聞こえる。そこで『うちはボランティアではないんですよ』と言うと、答えに窮してしまった」

 だが、こうした深掘り面接は、ときには学生を覚醒させることもあるという。

 東京海上日動では、ブランド名だけで志望してきた女子学生に、深掘り面談でその浅さを指摘した。

「その面談直後、彼女は弊社のOG訪問を自分で次々に設定し、急激に企業研究をはじめた。その実行力はこちらが驚くほどでした」

 フジテレビや三菱東京UFJ銀行のように六回七回八回と面接を重ねる企業もあり、マニュアルの一夜漬けでは、たやすく馬脚を露わしてしまうのだ。

 では、そんな厳しい雇用環境のなか、学生側はどのような方策をもって来たる就活に臨むべきなのか。

 今回十五社の取材をする中で、強く感じたことがある。企業による社風の違いはあるものの、あたかも事前に打ち合わせたかのように、採用責任者が同様のキーワードを口にしたのだ。

(1)グローバル

(2)多様性

(3)ストレス耐性

(4)ビジネス感覚

(5)自分と向き合う

 これらのキーワードこそが、企業側が忌み嫌うマニュアルに陥る罠であり、同時に、そこから脱するための手がかりでもあるのだ。

(1)グローバルというと、海外で資格をとり、外国語を堪能に話せてというイメージだが、それ自体を求めていた人事部長は皆無だった。英語が話せるだけで、自分がグローバルな人材だと勘違いしてはいけない。相手が外国人であっても、主張すべきはきちんと主張できるコミュニケーション能力が必要というのが採用側の意向なのだ。

(2)多様性という言葉も深い。企業が事業において多様に展開するように、人材もまた“金太郎飴”ではなく、多様な人を求めている。明治製菓では不安の声があがるほど「喋れない学生」を採用したが、入社後期待以上の成果を得た。全日空では方針として「地方出身者」を積極的に採用しており、バンダイでは学生時代、メイド美容室を経営していた学生も採っている。面接ウケするとされる模範型に自分を押し込み、その“理想像”を演じることは愚の骨頂なのだ。

(3)ストレス耐性は、前述した深掘り面談で試される。昨今、企業ではいくら優秀でもメンタルが弱い学生は敬遠する傾向が強い。過酷な深掘りを耐え抜く方法は、いたって簡単だ。嘘をつかなければいいのだ。事実を尋ねられ、素直に答えているかぎり、焦ることはない。飾らず、等身大で面接に臨めばいいのだ。

(4)ビジネス感覚は、いかに稼ぐかということだが、日立製作所の例でもわかるように意外に学生が忘れがちな側面だ。景況や産業の激変が続くなか、このビジネス感覚は今後ますます求められていくだろう。

(5)自分と向き合うことは、就職活動に際して、まず初めに取り組むべき最も重要な行為だ。自分はいったい何者なのか。生い立ちから現在にいたるまで、徹底的に振り返る。集団のなかでどんな立ち位置にいることが多かったか、どんな役割を務めることが多かったか。ときには自己嫌悪に陥ることもあるだろう。だが、そこに必ず自分の適性、本当にやりたい仕事を見つけるヒントがあるはずだ。その際、過去だけではなく、十年後二十年後の自分をイメージすることが大事だ。

 前出のワークス研の大久保所長は、学生向けにこうアドバイスを送る。

「厳選採用の現在、ノウハウで選考を乗り切ることは不可能です。少ない経験であっても、本音で本気で自分と企業と向き合わねば通用しないのです」

 わが子を「就活難民」にしないために、まずは「働くこと」の意味について、親子で“深掘り”の“雑談”をしてみることも必要なのかもしれない。