横山秀夫の警察小説が画期的に新しかったことについては、二点を指摘するにとどめたい。「D県警」を舞台にしたデビュー作品集『陰の季節』にまず驚いたのは、捜査畑の人間を登場させず、管理部門の警察官を主人公にしたこと。その結果それまで私たちが読んだことのない警察小説が見事に立ち上がった。さらに、管理部門の人間を主人公にするということは同時に、心理小説の様相を呈してくるということでもあり、そこが横山秀夫の警察小説の新しさでもあった。横山秀夫はのちに『第三の時効』という捜査畑の人間を登場させた傑作も書いているので、すべての作品が管理部門小説なのではないが、D県警を舞台にした作品はこの作家の原点といってもいい。
七年ぶりの長編小説である本書が「D県警」ものと聞いて嬉しくなったのにはそういう理由がある。
今回の主人公は、D県警の広報官三上義信四十六歳。若いときに一年だけ広報室にいたことはあるが、あとはずっと刑事部で働いてきた。捜査二課でそれなりに居場所を築いてきたとの自負もある。なのに二十年ぶりの出戻り異動だ。数年の辛抱だ。すぐに刑事部に戻りたい。三上はそう考えている。
まず、こういうキャラクターを物語の中心に置いて話が始まっていく。いちばんは警察庁長官の視察だ。十四年前に起きた誘拐事件で無残な死体で発見された少女の父親宅を、長官が訪問するという。凶悪事件は必ず検挙するという意思表示をしたいようだ。そのための段取りを三上がしなければならないのだが、被害者の父親は長官の訪問を拒否するし、記者たちは取材拒否。なぜ被害者の父親は拒否するのか。まず三上はそれを調べはじめる。いつもの心理小説がここから始まっていく。たくさんの人に会い、三上の脳は猛烈に回転する。これこそが横山秀夫の警察小説を読む醍醐味だ。
背景にあるのは、刑事部と警務部の対立である。マスコミも押さえられないくせに偉そうなことを言うなと刑事部は思い、検挙も出来ない刑事部はだめだと警務部は考え、元刑事で現警務部の三上は、どちらの陣営からも信用されない。それでも職務は果たさなければならない。こうして三上の奮闘が始まっていく。
無理解な上司に行動を制約されつつマスコミ各社との妥協点を模索し、同時に長官視察の真意を探りながら被害者の父親を説得し、望まなかったはずの部署で奮闘するのだ。緊迫感が持続するのが何よりもすごい。これが警察小説だ。