『Xの悲劇』に始まるエラリー・クイーンの《悲劇》四部作と言えば、ご存じの通りミステリ史に残る大傑作。本書はそれを現代日本に移植し、コンパクトな中編四部作に仕立て上げる。
本家の探偵役は、聴覚を失って舞台を降りた元シェイクスピア俳優ドルリー・レーン(六〇歳代)だが、こちらの片桐大三郎は時代劇の大スター(七〇歳代)。同じく聴覚を失って俳優業を引退、芸能事務所の社長業の傍ら、警察に協力して事件を解決するのが趣味。レーンと違って読唇術は使えないが、入社一年目の野々瀬乃枝にノートPCを持たせて相手の話をタイプさせ、会話にも不自由しない。
第一話は、満員の市電でニコチン液に浸した針を使った殺人が起きる『X』に倣って、通勤ラッシュの山手線で幕を開ける。新宿駅のホームに降りる乃枝の前でばったり倒れた男。彼はニコチン溶液を注射されて殺害されたことが判明。身動きもできない超満員の電車内で犯人はどうやって注射針を刺したのか?
続く第二話は、なぜよりによってウクレレが撲殺の凶器に選ばれたのかが焦点になる。コミカルな語り口の中に、クイーンばりのロジックが冴え渡る逸品。誘拐事件を扱う第三話は、驚愕の真相がインパクト絶大。“幻のシナリオ”消失の謎に挑む第四話は、エピローグ的な小品ながら、連作を鮮やかに締めくくる。
主役の片桐大三郎は、三船敏郎と大川橋蔵と松平健を一緒にしたようなウルトラスーパー級の国民的スターなので、捜査に赴く先々でサインを求められ、写真を撮られるのが可笑しい。おまけに、「さてみなさん」と関係者を集めて推理を披露する前に、往年の映画撮影や舞台劇の現場にまつわる思い出話を滔々と語り、それが事件とからむという楽しい趣向も。クイーンへのウィンクはあちこちにあるが、マニアックなミステリでは全然ない。原典を知らなくても問題なく楽しめるし、ネタバレもないのでご心配なく。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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