レビュー

普通の人に訪れる転落を描く、作家の新境地

『鍵のない夢を見る』 (辻村深月 著)

文: 「週刊文春」編集部
高校教師の二木未玖は、以前交際していた雄大から、「最後にどうしても会いたい」と電話を受ける。雄大は恩師の教授殺しで指名手配中だった。現在の生活に満ちたりない思いを抱えていた未玖は、雄大に会うことを望み、人生を狂わせる――「芹葉大学の夢と殺人」。町中の事件をテーマに書かれた短篇5篇を収録。文藝春秋 1470円(税込)

 昨年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞を受賞、また、著作が相次いで映像作品化されるなど、最注目の若手作家・辻村深月さん(32)が最新短篇集『鍵のない夢を見る』を上梓した。

「新聞やテレビのニュースで大きく取り上げられることのない“町の事件”を扱う短篇集にしようと、はじめに決めました」

 たとえば、「美弥谷団地の逃亡者」。処女を卒業したいばかりに出会い系サイトを使うようになった浅沼美衣(みえ)は、やがてそこで、相田みつを好きの陽次と知り合い、付き合い始める。だが、陽次はDV男だった。それでも、「幸せは自分の心が決める」と、交際を止めない美衣。エスカレートする行為についに警察に駆け込んだ時には、引き返すにはすでに遅く、美衣には大きな悲劇が訪れる。

 その他にも、盗みを繰り返してしまう主婦(「仁志野町の泥棒」)、放火に手を染める消防団員(「石蕗(つわぶき)南地区の放火」)など、本書に収録された五篇に登場するのは、平凡な人々の起こすありふれた事件と、それに翻弄されてしまう5人の女性主人公たちだ。

「ごく普通の人に、魔が差す瞬間、踏み外す瞬間が訪れて、事件を起こしてしまう。掲載順に沿って深刻度は増していきますが、どの事件も、私たちから遠いことではないと思います。読者の誰にだって、同じような場面に立たされる可能性がある」

 男性にちやほやされたい、昔の恋人にもう一度会いたい、大変な育児から解放されたい――誰にもあるささやかな望み。主人公たちの心を囚え、転落へ導く欲望の肥大の動きを作家はじっくりと描く。その筆致が日常に潜む恐怖を際立たせる。各篇のラストシーンの不穏さも相まって、本書は辻村深月の新境地といって過言ではない。

つじむらみづき/1980年山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。11年に吉川英治文学新人賞を受賞した『ツナグ』は、今秋映画化作品が公開予定。他の著作に『水底フェスタ』『オーダーメイド殺人クラブ』など。

「デビューしてからずっと、私の作品は“青春もの”だと言われてきました。自分としては必ずしも“若い人に向けて書く”という意識があったわけではないですが、今回は、より経験豊富な方々にも読んでもらいたいと、結論を出してしまわずに“読者に委ねる”書き方を意識しました」

 本作で描かれたような、普通の人々が起こす犯罪は、残念ながら世に絶えない。有り余る「素材」を目の前に、続篇の計画はないのだろうか。

「いずれ、ひとつの事件を、当事者だけでなく、報道する側など、多数の視点で描く小説を書いてみたいですね」

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