『信長の棺』をはじめとする“本能寺三部作”で知られる加藤廣が、今回は千利休と秀吉を主人公に卓越した歴史ミステリーを刊行した。
これまで二人の対立から利休の自刃までを描いた小説のほとんどが、茶聖VS俗界の王者という設定で作品をものして来たが、さすがは加藤廣――そうした構図に乗らず、ひねりを利かせてある。
何しろ時代ミステリーなので未読の方のために詳細は書けないのだが、冒頭の藤吉郎時代に“武士のたしなみとして茶事を学びたい”と語っている秀吉は、まだ俗人の域を出ない。
しかしながら、本能寺の変にどう片を付けるか、それを側近たちと話し合うために、千宗易=利休に一夜で茶室を造れ、と命じるところなどは、既に凡人ではない。秀吉も一個の肚をくくった茶人なのである。
そして、この本能寺の変で焼失したという名器と、宗易が工夫した「にじり口」が、後々、両者の確執の原因になろうとは誰が予測し得たであろうか。
作者は、この「にじり口」を茶人宗易には近寄り難い「武士茶」という別世界への光景であると記している。だが、一方、秀吉にとっては、宗易の所謂「一輪の朝顔」は、彼の考える茶道への反逆であった、とも書く。
前にも記したように、こうなってくると、二人の対立は、それぞれの立場に依るものであり、作品はこれまで使い古された前述の聖VS俗の対立から見事に解放されたといっていい。
それにしても、作者の膨大な資料調査には頭が下がるほどで、それらの間隙をぬって展開する大胆な推理はこれまで類例を見ない。
たとえば宗易から利休への改名の謎等々……。そして利休切腹の理由として最も有名な大徳寺木像事件も出て来るが、その根本にあるのは、たった三行で記されたボタンのかけ違い……。
特異な世界での確執に見えたものを、人間の愚かさという普遍性の中へ収斂させていくラストも秀逸だ。
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