2018.02.08 別冊文藝春秋

『ホームスパン』伊吹有喜――立ち読み

文: 伊吹 有喜

電子版17号

「外で食べたほうがお互い気が楽だと思うけど。準備や後片付けとか気にしなくていいし」

「私も美緒ちゃんもいるじゃないの。そんなの三人でやれば、あっという間。台所で私たちが支度をしている間、おじいちゃんと広志さんはあっちの部屋で」

 祖母がテレビが置いてあるリビングを指差した。

「ビールでも飲んで待っていてくれたらいいわ。二人だけで積もる話もあるでしょうし」

 そういうわけには・・・・・・と父が居心地悪そうな顔になる。

「僕も何か手伝いますよ」

「鍋奉行をお願いね。さっそくお買い物に行かなきゃ。ねえ、広志さん、岩手のほうのすき焼きはどんなふうなの?」

「別に、普通です」

「その普通っていうのが土地によって違うんですよ。割り下を使うとか、使わないとか。・・・・・・美緒ちゃん、どこ行くの。みんなで準備をするのよ」

 祖母にあおられるようにして、準備を整えた夕方、時間通りに祖父が来た。しかし、明日は大事な納品が控えているから、できるだけ早くホテルに戻りたいという。そこで、すぐにすき焼きを始めることになった。

 祖父の隣に座り、美緒は黙って煮えた肉を口に運ぶ。祖母と母は向かいの席に並び、最初は祖父と盛岡の気候の話をしていたが、話題はすぐに尽きてしまった。テーブルの短い辺に座った父は、グリル鍋に黙々と割り下を入れ、甘辛い肉と野菜を作り続けている。

 静かな食卓に耐えかねたように、祖母が口を開いた。

「ごめんなさいね、私が差し出がましいことをして。中華のほうがよかったでしょうか」

 いいえ、と祖父が穏やかに答える。

「年ですかね。最近、それほど量が食べられない。それに息子の家で食事ができるのは嬉しいものです」

 得意気な顔をするかと思ったが、祖母は寂しそうに笑った。

「本当ですね。あっという間に年を取って。外食も億劫になりがちで」

「そんな年寄りの食事に、育ち盛りの美緒が満足できているかが心配でしたが・・・・・・」

「美緒は食が細いですから」

 母の言葉に続いて、祖母が興味深そうに聞いた。

「美緒ちゃんは朝とか、どうしてたの? 岩手に行く前は昼前に起きて、適当に自分で食べていたけど」

 朝? と美緒は聞き返す。

「ちゃんと起きて、おじいちゃんと食べてる」

「何を食べてるんだ?」

 しらたきをグリル鍋に入れながら父が聞く。具材の水気が鍋ではじけて軽やかな音をたてた。

「トースト。トチのはちみつを塗って、上に黒ごまをかけたもの。あとはカフェオレ。きれいな漆のカフェオレボウルで飲むの」

 あら、おしゃれ、と祖母が意外そうな顔をした。

「漆器のカフェオレボウルがあるの?」

「応量器の鉢の形をアレンジして、友人が試作したものです」

 オウリョウキとは何だろう。いつもなら祖父に聞くのだが、今日は聞きづらい。

別冊文藝春秋からうまれた本



こちらもおすすめ
ニュース「別冊文藝春秋」最新号(2018年1月号)、好評発売中(2018.02.15)
書評家族というのは、ともに過ごした時間の記憶(2016.08.20)
別冊文藝春秋光と風の布、ホームスパンをめぐる、少女、父、祖父の心の糸が織りなす世界(2016.08.23)
別冊文藝春秋 電子版17号文藝春秋・編

発売日:2017年12月20日