- 2020.10.06
- インタビュー・対談
新作ミステリー『網内人』の香港人作家、陳浩基インタビュー「香港も、世界も、臨界点に達している」(後編)
文:野嶋 剛 (ジャーナリスト)
『網内人』(陳 浩基)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
野嶋 そういう社会構造が、近年激しさを増している香港人の抗議行動や民主化運動に関係があると思いますか。
陳 私はあると思います。ですが状況は複雑です。若者が単に理念だけで政府に反対している、あるいは、自分たちの経済的利益が損なわれたから抗議している、こんな風に単純化して考えてしまえば、判断を誤るかもしれません。
間違った政府の政策によって、下層階級の人々が成功の機会を失って生活環境が変えられない不平等が起きています。政府は地価高騰を押さえ込むとバブルが破裂してしまって社会的な騒動になる。だから軽々しく政策を変更したがらない。このことが不平等を生む悪循環を作り出しているのは確かです。
ただ、これは香港だけの問題ではなく、世界全体が一つの臨界点に達しているのではないかと時に考えるのです。人類は地球の資源をむさぼり、政治エリートは信頼されず、各地で抗議行動が続いています。政治体制が民主主義でも権威主義でも、能力のある政府が民衆のために仕事をすれば民間社会には抗議のパワーは形成されません。植民地時代の香港がそうでした。
政治家が社会の求めを理解せず、将来の展望もなく、民意を力で押さえ込めると思い込んでしまうと、社会運動にエネルギーを与えることになり、収集がつかなくなります。「政治」の語源はアリストテレスの述べた「ポリティカ」ですが「都市の物事」という意味があります。都市で起きる小さなものごとの集大成が政治だということを、いま私たちは噛み締めているところです。
野嶋 政治が市民の側に寄り添わず、無理やり権力によって解決しようとする風潮が強まっていますね。その最たるものが、香港に6月末に導入された国家安全維持法ではないかと考えられます。言論の自由を抑圧することにならないかと心配されていますが、陳さんの作家活動にも影響が出ることはありませんか。
陳 国家安全維持法ができる前から圧力はありました。程度の違いにすぎません。圧力にどのように向き合うかは作家にとって永遠の課題です。以前、こういうことがありました。私がある場所で中国の記者と話をしたときのことです。彼の所属するメディアが当局に睨まれたことがあることを知っていたので、話の中で「たくさん書きたくても書けないことがあるのではないですか」と質問しました。彼はこう答えました。「実際は書くことはできるのです。ただ、載せるか載せないかは編集長が決めます。でも、書くことがあるならば、まずは書きます」。私はこれを聞いて平静なフリをしていましたが、心の中で、こんな質問をしてしまった自分に赤面していました。
作家の魯迅はこんな言葉を残しています。「要搾出皮袍下面藏着的“小”来。」。これは「皮衣の下の隠している『小さな自分』を絞り出す」という意味で、権力によって個人が徹底的にすり減らされてしまうことを意味しています。私はこの時の記者との対話はずっと忘れないようにしています。
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