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『ピンク・クラウド』――未来を予言してしまった映画が描く限界状況の人間関係

『ピンク・クラウド』――未来を予言してしまった映画が描く限界状況の人間関係

透明ランナー

透明ランナーのアート&シネマレビュー「そっと伝える」

出典 : #WEB別冊文藝春秋

 世界中で突如発生した正体不明のピンク色の雲、その空気を吸い込むと10秒で死に至る。人々はある瞬間を境に家から出られなくなり、突然新たな生活様式が始まる――。そんな世界を描いた映画『ピンク・クラウド』が、2023年1月27日(金)から公開となりました。
 
 映画の冒頭で「2017年に脚本が書かれ、2019年に撮影された。現実との一致は偶然である」という文言が流れます。この映画は新型コロナウイルスのパンデミックの前に構想された物語なのです。2021年1月のサンダンス映画祭でワールドプレミア上映されたとき、コロナ禍を予言していたかのようなストーリーが大きな話題を集めました。

 ……という設定を書くと「ただそれだけの映画でしょ?」と思われるかもしれません。しかしこの映画の本質的な魅力はその状況設定ではなく、息を呑むほど丹念な人間関係の描写にあります。起こり得る、そして実際に起こった数々の人生の断片を、卓越した想像力をもって描き出した作品です。


「逆グランド・ホテル形式」

 「グランド・ホテル形式」という言葉があります。あるひとつの場所を舞台に、偶然居合わせた人物の物語が並行して描かれる形式のことです。意外な人々が絡み合うことでストーリーに複雑な広がりが生まれると共に、複数のスター俳優の共演が可能になるシステムとしても優秀です。

 アカデミー作品賞を受賞した映画『グランド・ホテル』(エドマンド・グールディング、1932)に由来し、同様の形式を用いた映画史に残る名作がいくつも生み出されてきました。三谷幸喜(みたに こうき、1961-)的なイメージですね。

 「グランド・ホテル形式」は本来出会うはずのない人々がひとつの場所に集まることで展開されるストーリーです。一方『ピンク・クラウド』は、本来一緒にいるべき人々がひとつの場所に「集まれない」ことで展開されていきます。「逆グランド・ホテル形式」とでも言うべき構成です。伝統的な形式を換骨奪胎することで、単なるワンシチュエーションSFにとどまらない新規性を生み出しています。

 

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