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プーチン、習近平、トランプ……指導者たちはどうやって「戦略」を決めているのか?

プーチン、習近平、トランプ……指導者たちはどうやって「戦略」を決めているのか?

奥山 真司

『世界最強の地政学』(奥山 真司)

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

『世界最強の地政学』(奥山 真司)

 いま、書店にいけば「地政学」と題された本をよく見かける。リアルの書店だけの話でなく、大手ネット書店を覗いてみても、地政学というタイトルで検索をかけると大量にヒットするし、超入門書と銘を打ったものや、サクッと分かるという解説書、さらにはマンガによる解説書まである。日本では、いわば「地政学ブーム」というべきものが起こっていると言えるだろう。

 かくいう私もそうしたブームに結果として乗っている人間の一人であり、ありがたいことにそのような解説書の出版を手伝わせていただいている。

 ではなぜ地政学なのだろうか? その最大の理由は、我々がおかれている世界の状況が混沌としており、その中でひとつの行く先のヒントを教えてくれているのが「地政学」であるように受け取られているからだろう。

 地政学とはなにか。その字面だけみれば、「地理」と「政治」の関係性を調べる「学問」という風に解釈できそうだ。大雑把にいえば「地理をベースに国際政治を見る学問」のように思えるし、そのような解釈で書かれている解説書は現在、山のようにある。

 ところがそのような解釈というのは、完全な間違いとは言わないが、それでも大いに本筋を見誤らせてしまう、実にミスリーディングな考え方であるといえる。なぜそこまで言い切ることができるのかといえば、それは本書の著者である私が、海外の大学でこの地政学というものを専門に研究してきたからである。

「地政学」のこのような解釈は何が問題なのだろうか? ひとつは「学」と名前がついているのに、実はそれが「学問」であるとは言えないからだ。地政学を紹介する本の冒頭でこのようなことを読者のみなさんに主張するのは大変に心苦しいところだが、端的にいえば、地政学は学問ではないのである。

 試しに私もいまネット(Wikipedia)で「地政学」の項目を見てみたが、ページの最初に書かれているのは「国際政治を考察するにあたって、その地理的条件を重視する学問である」というものだ。残念ながら、この記述は間違いだ。何度も言うが、地政学は「学問」ではない。

 では地政学とは何なのか。この説明をする前に、私と地政学の関わりを簡単に説明させていただきたい。

 私の地政学との出会いは、おそらく高校の世界史の授業を受けていたときだったと思う。先生が「地理的な位置関係によって国家の運命が変わる」ということを述べていたのがなんとなく印象に残っていたにすぎない。その後、日本で専門学校を出た後に、縁あってカナダの西海岸の大都市であるバンクーバーに留学した。数年後に大きな州立大学に編入したときに好きなコースを選べることになり、たまたま「政治地理」のクラスをとって出会ったのが「地政学」に関する知識だった。ただしこのときの先生は、地政学に対して実に批判的な態度であったことを記憶している。

 この授業で地政学に対する興味が出てきた私が、ネットの黎明期に流行していた「掲示板」というものに授業の内容を書き綴っていたら、その内容を見て本にしないかといわれて、結果として地政学を紹介する本を書くことになった。それがデビュー作となった『地政学:アメリカの世界戦略地図』(五月書房)という本である。

 ここからがぜん地政学について興味が湧き始めた私は、「学問的に地政学を勉強したい」という思いにかられ、色々と調べているうちにイギリスで地政学を教えているらしい人物を探し当てた。それが後に博士号取得までお世話になることになったコリン・グレイ(Colin S. Gray 2‌0‌2‌0年没)という学者であり、彼はイギリスとアメリカの国家戦略アドバイザーでもあった。

 このグレイ教授は、そもそもはイギリス出身であり、マンチェスター大学を出てからオックスフォード大学で博士号(D.Phil.)を取得し、そこからしばらくイギリスの大学で国際政治を教えていた。後にカナダにわたり同国の国防政策を論じていたところ、アメリカの国防関係者に認められてシンクタンクの研究員となり、1‌9‌8‌0年代にはレーガン政権の核戦略(!)のアドバイザーになり、冷戦終結後には祖国のイギリスに帰ってきて大学で教授をやっていた。

 私が出会ったのは、彼の最後の勤め先となったイギリス南部のレディング大学である。このとき彼はすでに「戦略家」(strategist)として知れ渡っていた。恥ずかしながら当時の私はただ単純に「地政学を研究させてくれる人」というイメージしかなかったのだが、彼はすでに「戦略研究」(strategic studies)という分野における大家であり、戦略研究の一部として地政学(正確には古典地政学)というものを論じていたにすぎなかった。

 いまでも強烈に覚えているが、この先生に初めて会ったとき、彼のオフィスで「あなたの元で地政学を研究したい」というと、「それは分かったが、お前は地政学がどのレベルを扱っているものであるか分かっているか?」と聞かれ、私は頭が真っ白になった。そもそもそれが彼の専門とする戦略研究の一部であることや、それがどういう位置づけのものなのかが、地政学に関する本を書いていたにもかかわらず、私は全く分かっていなかったのだ。

 すると先生は突然机のそばにあった紙ナプキンにおもむろに何本か横線を引き、なにかをごちゃごちゃと書き込んだあとに、一カ所を指して「ここだ、お前が研究するのは、ここのレベルの大戦略の話なのだ」と突き放すように言った(上の図)。

 そのときは何のことだかさっぱり意味が分からなかったのだが、それから修士課程・博士課程とこの先生について学ぶにつれて、自分の研究対象である「地政学」のことが段々と分かってきた。それは日本の読者のみなさんがイメージしているような「世界の秘密を教えてくれる学問」という怪しいイメージの「地政学」ではなくて、どちらかといえば「国家戦略を考える際にベースとなる、地理を重視する知識の寄せ集めや視点、戦略論」ということになる。もちろんここで「地理」というのは戦略論のベースにはなるのだが、それはあくまでも戦略を考える際の主な要素のひとつでしかなく、たとえば「地理が分かれば国際政治のすべてが分かる」というような単純なものではないことは、本書を読み進めていけばお分かりいただけるはずだ。

 したがって、本書はよく見る「地政学」と銘打った本とは多少異なり、戦略論(正式には戦略研究)のアプローチを援用した「古典地政学」(Classical Geopolitics)のものの見方を、主に6つのエッセンスからなるべく分かりやすく紹介することに主眼をおいている。

 もちろん私はここで「地政学を学べば国際政治の動きのすべてが分かる」と言うつもりは毛頭ない。むしろその逆であり、ここで紹介する地政学の見方は、国際政治という図体の大きい象の、ほんの一部分だけを触っているにすぎないかもしれない。

 それでも昨今の国際関係の動きを、地政学的な視点で見ると、クリアに説明できる事象が少なくない。それは世界の指導者や安全保障・外交などの担当者たちの集合意識に、「地理をベースとした知識や視点の集積」、すなわち地政学的なものの見方がインストールされているからだ。

 国際情勢が不安定になってきている今、私はこの地政学という(体系的な学問ではないが)ものの見方は、今後の世界を考える上で一定の有用性があると思っている。

 本書をお読みのみなさんに「地政学のエッセンスが分かった」と感じていただければ、本書を書いた当初の目的は達成できたといえる。


「はじめに」より

文春新書
世界最強の地政学
奥山真司

定価:1,045円(税込)発売日:2024年04月19日

電子書籍
世界最強の地政学
奥山真司

発売日:2024年04月19日

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