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超巨大バブルの崩壊が始まった!

超巨大バブルの崩壊が始まった!

柯 隆

『中国不動産バブル』(柯 隆)

出典 : #文春新書
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

『中国不動産バブル』(柯 隆)

開発中の不動産プロジェクトが次々とゴーストタウン化

 中国の不動産市場がバブルになっていると言われて久しいが、不動産市場は崩壊する気配を見せず、中国経済も成長を続け、不動産バブルを指摘する者はまるでオオカミ少年のように思われていた。だが現状を見ると、中国は1人当たりGDPが1万2000ドル程度の国にもかかわらず、国内の不動産価格はニューヨークやロンドン、パリ、東京の相場を凌駕している。これは明らかにバブルになっていると言えるだろう。

 世の中に崩壊しないバブルは存在しない。2021年、中国大手不動産デベロッパー・恒大集団(エバーグランデ)は初のデフォルト(債務不履行)に陥った。これは中国不動産バブル崩壊の幕開けを意味する出来事である。2023年6月時点での恒大集団の負債総額は2兆3882億元(約48兆円)に上り、6442億元(約13兆円)の債務超過となっていた。売れ残りの不動産は1兆860億元(約22兆円)だった。この金額から問題の深刻さが分かる。同年8月、恒大集団はニューヨークの連邦破産裁判所に米国連邦破産法第15条の適用を申請した。

 恒大集団のサクセスストーリーは中国の不動産神話そのものだった。不動産業はスケールメリットの大きい産業である。規模が拡大すれば拡大するほど、固定費の割合が低下し、そのぶん利益が拡大する。この点を、恒大集団の創業者である許家印はよく理解していたのだろう。恒大集団はあまりにも大きな成功を収めたため、許家印は政治協商会議の委員にまで選ばれた。日本に置き換えると、国会議員になった以上の重要な意味を持つ。この出来事は許家印と政府の「関係」(コネクション)の親密さを示すものであり、同社にとって土地入札を邪魔する者をすべて排除できる担保となった。

 そんな恒大集団がなぜデフォルトに陥ったのか。実は以前から業界では、同社のキャッシュフローに問題があるとの噂があった。不動産だけでなく、不動産とはシナジー効果のない他業種にも手を広げ過ぎたのである。たとえば、プロサッカーチームを買ったり、電気自動車(EV)の開発・製造を始めたり、テーマパークを建設したり、等々。不動産市況が下火になるにつれ、恒大集団にとってこれらの副業は重荷になった。

 その後、恒大集団は資産の一部を売却し、許家印が個人で所有する不動産や自家用ジェットも売却された。その売却代金を以て負債の返済に引き当てたが、焼け石に水だった。現在、許家印の身柄は警察によって拘束されている。

 デフォルトに陥ったのは恒大集団だけではない。2023年10月、業界最大手の碧桂園(カントリーガーデン)が、1500万ドルのオフショア債の利払いを延滞したことが判明した。同社は同年12月、同じ不動産大手デベロッパー大連万達集団(ワンダ・グループ)の系列企業の株を30億7000万元(約620億円)で売却したが、資金繰りが悪化したからだとみられる。碧桂園は恒大集団とは違い、副業にほとんど手を出していない。それでもデフォルトに陥ったというのは、中国の不動産業界全体が地盤沈下していることを意味している。

 中国は14億人の人口を有し、土地資源が極端に不足している。需要と供給を考えれば、不動産神話が崩れることは絶対にないと信じられてきた。しかし、現実問題として、主要大都市の不動産価格は大きく下落してきている。開発途上の不動産プロジェクトがストップし、ゴーストタウンと化す案件が増えている。さらに2024年1月、不動産案件に投資するシャドーバンキング大手投資会社・中植企業集団が破産を申請した。同社の資産総額はピーク時には1400億ドル(約20兆2600億円)に達していたが、破産を申請したときに受けた監査によれば、負債総額が4600億元(約9兆3100億円)なのに対して、資産は2000億元だったとされている。

 これらの現象を見れば、中国の不動産バブルは明らかに崩壊したと言っていいだろう。

 崩壊のきっかけは2つあった。1つは習主席が「家は住むためのものであり、投機の対象ではない」と呼び掛けたことだった。これを受けて、人民銀行は住宅ローンに対する規制を強化した。もう1つはコロナ禍だ。3年間続いたゼロコロナ政策のために、たくさんの中小零細企業が倒産し、若者の失業率は大きく上昇した。その結果、一般家計は生活防衛に走って消費を控えるようになり、不動産需要が落ち込むこととなった。一方、富裕層と中所得層は海外に移住しようと手持ちの不動産物件を売りに出し、不動産市場は供給過剰になったのだ。

マイホームに執着する中国人たち

 もともと、中国人は土地に対して特別な思いを持っている。

 少し前のことだが、ある中国人女性が沖縄の無人島を買ったと報道され、日本中が大騒ぎになった。この女性が中国政府のスパイで、無人島が中国人民解放軍の軍事基地にされてしまうのではないかと心配した人もいたようだった。また、以前から一部の評論家が、外国人による日本の土地や不動産の購入を規制すべきとテレビなどで主張しており、この議論にも火が付くこととなった。

 無人島を買った中国人女性については今のところ、中国政府のスパイである証拠は出てきていない。本人もここまでの騒ぎになって驚いたはずだ。

 この一件は、土地に対する日本人と中国人の認識の違いがよく表れている。実は中国人は地球上に自分の土地を持つことに、日本人が想像する以上に感動を覚えるものなのだ。自分の土地とは、誰にも侵害されない私有財産を意味する。日本ではごく当たり前のことだが、中国ではそれが許されない。土地はすべて国のものであるからだ。マイホームを買っても土地の所有権がないので、道路を敷くなどの必要が出てきたら、政府が強制的に民家を取り壊すことができる。自分の財産が法的に守られていないため、最低限の安心すら得られない。だからこそ中国人富裕層は海外に移住して、まずはマイホームを買いたいと考える。多くの中国人は土地の権利書(登記簿謄本)を手に入れた瞬間、なんともいえない感動を覚えるという。

 中国ではかつて、農民にとっての土地(農地)は自分のルーツであるとよくいわれていた。だが、土地の所有を禁じる社会主義体制の今は、都市部の住民も地方の農民も、自分の土地を所有することができない。今の中国人は自分が浮草のような存在と感じているだろう。

 さらに、コロナ禍で中国は無法地帯と化した。中国政府は2020年から3年間にわたり、厳しい隔離措置を軸とするゼロコロナ政策を実施。一部の地域では白い防護服を着た役人とみられる連中が勝手に民家に侵入し、ベッドの上にまで消毒液を撒き、犬や猫などのペットを殺処分した。中国の民法で保障されている最低限の私有財産権が侵害されただけでなく、憲法で保障されている人権もとことんまで踏みにじられた。中国では「正しいこと」をするためなら、法的根拠など必要がないという風潮がある。ここでいう「正しいこと」とは、政府共産党による指示である。

 ここまでの仕打ちにもかかわらず、中国人は賃貸で家を借りるよりも、マイホームを購入することに執着する。そのため中国の不動産市場は、取引の量では飛躍的に拡大しているが、構造的に著しく歪んでいる。

 なぜ中国人はマイホームにこだわるのか。それには2つの理由がある。1つは賃貸で家を借りた場合、せっせと家賃を払っても、退去時に自分の手元に1人民元の財産も残らないということだ。中国人の価値観からすると、なんとなく損したような気分になる。要するにマイホーム購入は、住むための手段を確保するというよりも、財産を蓄えるためという側面が大きいのだ。もう1つは、信用の問題だ。賃借契約が成立するための条件は、貸すほうと借りるほうの両方が、きちんと契約を履行することである。しかし中国社会では、契約をきちんと履行すべきという文化は十分に定着していない。トラブルを回避するためにも、マイホームを購入したほうがいいと考えられているわけだ。

不動産開発は一石二鳥の戦略だった

 中国政府も不動産開発を熱心に促進してきた。その理由を知るために、まずは中国の経済発展モデルと政府の経済政策を概観しておく必要がある。そもそもの始まりは、1978年に始動した改革・開放政策だ。それ以前の中国経済は毛沢東時代の計画経済の失敗により破綻状態にまで陥っていたが、最高実力者となった鄧小平は大きく方針転換。段階的に経済の自由化を進め、外国企業の対中直接投資を誘致した。この政策の真髄は、中国国内にある大量の廉価な労働力を外国資本と組み合わせ、廉価な商品を大量に生産・輸出して外貨を獲得することだった。

 この輸出依存のモデルは比較優位戦略と呼ばれる政策だが、輸出製造業の伸長は間違いなく中国経済の飛躍に大きく貢献した。一方、輸出促進を偏重する政策をとったことで国内市場の発展は遅れ、とりわけ都市インフラ整備は諸外国に著しく後れを取っていた。いかにして都市再開発を進めるかは中国政府の長年の悩みだった。しかも、輸出製造業に依存する経済成長は輸出先市場の景気循環に大きく左右される弊害がある。

 1990年代に入り、朱鎔基首相(当時)は内需に依存する経済成長を強化しようと呼び掛けた。内需のなかでもっとも可能性を秘めているのは不動産に対する需要だった。不動産開発は人々の住環境を改善するだけでなく、経済成長を押し上げる効果が期待され、いわば一石二鳥の戦略であったのだ。

 しかし、不動産開発を進めるには、高い壁が立ちはだかっていた。それが土地の公有制である。国が所有する土地は自由に売買できないのが不動産開発にとっての弊害だった。その弊害を取り除くため、中国政府は日本からある重要な制度を学んだ。定期借地権という概念である。もともと中国共産党幹部の頭のなかには土地の所有権と使用権(借地権)を分ける考えがなかったが、日本には定期借地権という制度があることを偶然に知った中国共産党幹部が、同じように定期借地権を設定してそれを払い下げることで都市再開発ができると閃いた。1990年代後半から、ホテルやスーパーなどの商業用地は50年、マンションなどの宅地は70年の定期借地権が一律に設定されて払い下げが始まった。それをきっかけに都市再開発・不動産開発は一気にブームとなっていった。

 マンションなどの不動産開発を進めれば、その地域の商業施設も整備される。地方政府は土地の使用権を払い下げて得られた財源をもって、地下鉄などの都市交通システムを整備できる。一石二鳥どころか、実に一石多鳥のゲームである。これこそ、中国政府が不動産開発を熱心に推進する強いインセンティブとなっている。コロナ禍が到来する前、家具などの関連ビジネスを含めた不動産関連産業は、中国のGDP全体の約3割を占めているといわれていた。

 中央政府にとっての不動産開発は経済成長を牽引するエンジンだが、地方政府はそれに便乗して、「融資平台」(platform)と呼ばれる投資会社(日本の第三セクターのようなもの)をたくさん設立した。これらの投資会社は地方政府からサポーティングレター(暗黙の保証)をもらって国有銀行から巨額の融資を受けると同時に、社債を発行している。社債発行で調達された資金は、都市インフラ整備、市庁舎の拡張と不動産開発への投資へと回された。不動産バブルが崩壊した今、これら「融資平台」の多くはすでに債務超過に陥っている。地方政府は自らが設立した「融資平台」を救済したいだろうが、その地方政府の財政も赤字に転落している。彼らの運命は、中央政府が救済するかどうかにかかっている。

マネーゲームと腐敗の進行

 中国政府は経済成長の促進と人々の住環境の改善を目的に不動産開発を奨励したが、それに関連する種々の制度設計が遅れたまま、見切り発車していった。結果として様々な弊害がもたらされたが、その1つが国有銀行と不動産デベロッパーと政府役人の癒着による腐敗の進行だ。

 地方政府は土地の使用権を払い下げるにあたり入札をおこなうが、その入札が公正に行われる制度面の担保がないまま、不動産開発が進められていった。開発が進むなかで、地方政府の幹部はみるみるうちに金持ちになった。人間は金持ちになると、どうしても見栄を張るようになる。

 以前、土地使用権の入札を担当する地方政府のある幹部の動画がSNSにアップされ話題になった。動画では幹部の腕にロレックスの時計が嵌められていたが、彼の給料でロレックスの腕時計が買えるはずがない。ちなみに、政府役人の給料は高くてもせいぜい1、2万人民元である。この動画によって、該当の幹部は追放され失脚した。実は、この「表哥」(時計の兄さん)は一人二人ではない。習政権になってから数百万人の共産党幹部が追放されているが、その多くは不動産開発関連の腐敗幹部といわれている。中国では、規律委員会の事情聴取を受ける幹部は、自分の預貯金などの財産の由来を明らかにする必要がある。由来を説明できなければ、不正で得たお金と見なされ、党から追放されてしまうのだ。

 一般的に、土地使用権の入札には複数のデベロッパーが参加するが、どのデベロッパーが落札できるかは、入札を司る地方政府の幹部にどれほど賄賂を払うかによる。ずいぶん昔のことだが、北京に出張したとき、ある夕食会に招かれた。その夕食会には同時に、あるデベロッパーの社長も招待されていた。食事の合間の雑談で、その社長は自分の故郷の区長が捕まり、11年の刑を食らったことを明かした。保有していた100万元(当時の為替レートでは千数百万円だった)の財産について、由来が言えなかったからだ。10年以上も前のことだが、地方政府の幹部の給料からすれば100万元は大金だった。しかし、その社長は、「100万元は我々にとってはお小遣いに過ぎない。一晩の麻雀の掛け金でも100万元を超える」と自慢した。不動産開発のマネーゲームにより、共産党幹部とデベロッパーの金銭感覚は明らかにおかしくなってしまったのだ。

 土地使用権の払い下げにおいてガバナンスが利いていないと、地方政府とデベロッパーによる不正が横行する。こうした不正は賄賂をもらう側にとっては機会コストが安いが、最終的なツケは不動産、すなわち、マイホームを購入する消費者が払うことになる。先ほどのエピソードは不動産開発が始まった初期のケースだが、時間が経つにつれて徐々に開発の規模が拡大し、賄賂の金額も跳ね上がっていった。近年は直接現金を渡す代わりに、開発されたマンションのカギと権利書を渡すケースも増えた。逮捕された共産党幹部とその家族が所有するマンションや別荘の戸数は、何十、何百という数になっている。

 最近になって、デフォルトを起こした大手不動産デベロッパーの経営者や創業者たちの生活がSNSなどで暴露されるようになった。その贅沢三昧ぶりは想像を絶するものだった。彼らは中国国内はもとより、香港、アメリカ、ヨーロッパなどにも豪邸を所有し、自家用ジェットに乗って飛び回る。こうした生活が許されるのは、彼らが賄賂を渡した共産党幹部から保護されているからだ。不動産業界のサプライチェーンとバリューチェーンを通じて、中国社会特有の金権政治の構図が形成されているのだ。

共産党統治体制をひっくり返す要因に

「荀子」の教えに「水能載舟、亦能覆舟」(水は舟を浮かべることができるが、同時に舟を転覆させることもできる)というものがある。この言葉を今の中国の状況に当てはめると、不動産開発は中国の経済成長を牽引することができるが、同時に共産党統治体制をひっくり返すこともできる、といえる。

 重要なのは法による統治の徹底と透明性の担保である。ガバナンスが利かない社会では、絶対的な権力を握る共産党幹部と役人は往々にして腐敗する。大規模な腐敗は共産党幹部と役人個人の倫理の問題もあろうが、それよりも、制度の欠陥によるところが大きいと認識すべきである。習政権にとって不動産バブル崩壊の経済危機は共産党一党独裁体制を脅かすものである。

 本書では中国の不動産市場の内実だけでなく、共産党一党独裁の政治システムと経済制度の問題も解明することにしたい。


「はじめに 不動産バブル崩壊の幕開け」より

文春新書
中国不動産バブル
柯隆

定価:1,100円(税込)発売日:2024年04月19日

電子書籍
中国不動産バブル
柯隆

発売日:2024年04月19日

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