無言の行を己に課し、道険しい武者修行の旅に出た若者を待ち受けるのは――。

「空也十番勝負」〈決定版〉刊行によせて

佐伯泰英

「空也十番勝負青春篇」の『未だ行ならず』上・下巻(双葉文庫)を刊行したのは二〇一八年十二月十六日のことだ。以来、六番勝負以降は中断したままとなっていた。

 中断からおよそ二年半、この間に決定版「居眠り磐音」五十一巻を文春文庫から刊行した。

 筆者にとって一番長いシリーズの決定版が文春文庫の陣列に加わったとき、「空也十番勝負」を五番勝負で「了」としたことを反省もし、悔いもした。

 やはり「居眠り磐音」と「空也十番勝負」の二つのシリーズは、父と子の長大なひとつの物語であり、この父子ふたりを描ききることがひとつの作品として完全なる「了」へと導くのだと強く思った。

 そんな想いからまず、五番勝負七冊の決定版を二〇二一年八月より師走十二月まで五か月にわたり刊行するために読み直した。

 磐音の嫡男空也は十六歳で豊後関前を発ち、武者修行を志して薩摩藩の国境に向かった。

 空也には若さゆえの計算なしの挑戦心だけがあった。その若武者を(捨ててこそ)という空也上人の言葉で戒めたのが三十七年もの歳月、遊行する僧侶であった。

 筆者は若い空也を武者修行という修羅場に送り出しながら、筆者の都合で無責任にも放置してしまった。五巻七冊を読み直してやはり筆者は改めて思った。

「空也十番勝負」は、「居眠り磐音」で描けなかった主人公の青春期が主たるテーマになる、となれば父親と同じ道を志す若武者の脳裏には父親の存在が常にあるはずだ。

 倅は未知の旅の空の下、生死の戦いの場に直面した折、

(父親ならばどうするか)

 と考え、そして、最後には、遊行僧の教え、

(捨ててこそ)

 と空也上人の言葉を思い出しつつ、備前長船派修理亮盛光に己の「生死」を託するはずだ。

 若い空也の先行きを書くことは父親の磐音の半生を振り返ることとなる。


 来年の正月には新作「空也十番勝負」の六番勝負となる『異変ありや』(仮)を刊行する。

 そして、空也の物語がいち段落ついた折には、坂崎磐音の晩年を書きたいというのが筆者の願望だ。だが、筆者の年齢を考えると坂崎磐音の彼岸ヘの旅立ちが早いか、筆者の死が先か、なんとも微妙なことになった。

 筆者は己の創り出した人物坂崎磐音・空也から多くのことを教えられた。つまりかような人物に為れればと理想とし、夢見た人物がこの父子、いや、坂崎磐音だった。

 天のさだめに従い、筆者が生き残って、この長大な物語に「完結」の二文字が認められるならばこれほどの至福はあるまい。さてどうなるか。


令和三年(二〇二一)水無月 熱海にて

佐伯泰英

お知らせ

2021 佐伯泰英 刊行プロジェクト

書籍紹介

以降、五か月連続で<決定版>を刊行!

刊行予定

  • 10月6日発売『剣と十字架 空也十番勝負(三)決定版
  • 11月9日発売『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版
  • 12月7日発売『未だ行ならず<上><下> 空也十番勝負(五)決定版

姥捨の郷で生を享けた、運命の子、空也。小梅村でのひとり稽古、鮮烈な初陣を経て成長した16歳の青年は、父の故郷である豊後関前の地から武者修行の旅に出る。
名を捨て、自らに「無言の行」を課して向かったのは、他国者をよせつけない薩摩。影の集団「外城衆徒」(とじょうしゅうと)が空也を狙い、激しい闘いの幕が切っておとされる――。

そして、2022年1月「六番勝負」となる書き下ろし六 新作刊行決定!

著者紹介

1942年、北九州市生まれ。 日本大学芸術学部映画学科卒。デビュー作『闘牛』をはじめ、滞在経験を活かしてスペインをテーマにした作品を発表。99年、時代小説に転向。「密命」シリーズを皮切りに次々と作品を発表して高い評価を受け、〈文庫書き下ろし 時代小説〉という新たなジャンルを確立する。2018年、菊池寛賞受賞。おもな著書に、「居眠り磐音」「空也十番勝負」「酔いどれ小籐次」「新・酔いどれ小籐次」「照降町四季」「密命」「吉原裏同心」「夏目影二郎始末旅」「鎌倉河岸捕物控」「交代寄合伊那衆異聞」「古着屋総兵衛影始末」「新・古着屋総兵衛」各シリーズなど多数。

シリーズ一覧

佐伯泰英 そのほかのシリーズ

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