「神は細部に宿る」というが、ディテールに神経の行き届いた小説を久しぶりに読んだ。『羅針』――。高度成長期、海に生きた船乗りの物語である。
主人公の関本源蔵は、総合船舶会社「富国水産」に勤める機関士。昭和37年。新造の大型高速冷凍船栄進丸(3000トン)の艤装要員として、兵庫県相生市にある造船所に来ている。3等機関士の源蔵には、妻涼子と6歳と2歳になったばかりの2人の子どもがいる。
宮城県駒木町から家族を呼び寄せ、親子4人で暮らしたドックの生活も残すところわずか。出港の2日前、次男が階段から落ちて頭をコンクリートの三和土(たたき)に打ちつけるという事故が起きた。源蔵は息子の怪我に心を残しながら、出港しなければならない。
栄進丸は、アリューシャン列島、カムチャッカ半島付近の北洋海域でサケマス漁を行っている船団に合流した。サケマス船団は10000トン級の母船を中心に日本各地から集まった独航船40隻弱で構成されている。水揚げされたサケマスは母船で処理され、冷凍、または缶詰に加工されるが、母船の貯蔵能力には限りがある。そこで登場するのが、洋上で母船から製品を受け取り、日本へ運ぶ中積と呼ばれる任務を遂行する大型冷凍船である。
船団に合流して数日後、栄進丸はかつて経験したことのない大時化に遭遇。独航船二隻が沈没し、40名に上る犠牲者を出した。風雨に翻弄される栄進丸の船上で、源蔵は少年時代に体験した苛酷な航海に思いを馳せる。
遡ること18年前。11歳の源蔵はサイパン島からの引き揚げ船、さんとす丸の船上にあった。サイパンに残る父と別れて五人の妹弟と母だけの引き揚げである。父はサイパンで死んだ。僚船亜米利加丸と一緒に出港したさんとす丸は、アメリカの潜水艦に狙われた。仲の良かった同級生が乗っていた亜米利加丸が餌食となった。
――猛烈な時化の航海をどうにか乗り越えた源蔵は、半年ぶりに家族の元に帰った。休暇中は海にいては絶対に味わうことのできない家族団欒の時間が流れていく。
昭和48年。目下の悩みは思春期を迎えた長男秀俊との間に生じた軋轢である。中学にあがったころから、秀俊は父親を煙たがるようになっていた。高校2年になったいまでも、関係は修復されていない。
そんなある夜。「船に乗って働きたい」という青年が父親とともに訪ねてきた。職場を紹介して欲しいというのだ。枝川敏雄、25歳。東京の私立大学を中退後、職を転々としている。一抹の不安を抱きながらも、源蔵は南氷洋の捕鯨船乗りを紹介する。
11月25日。南鯨母船大鷹丸(15000トン)は輸送船1隻、冷凍船2隻、運搬船2隻を引き連れ、神戸から南氷洋に向け出港した。事業員として同じ大鷹丸に乗ることになった敏雄との交流が、本書のテーマを浮上させることになる。
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