わが国で高い人気を誇る作家トマス・H・クックの新作長篇『沼地の記憶』が刊行される。新作はクックの記念碑的作品とされる一九九〇年代の《記憶シリーズ》(『死の記憶』『夏草の記憶』『緋色の記憶』『夜の記憶』)を思わせる力作であり、言わばクックが原点回帰して放った傑作と言える。
ミステリに分類される作品を書きつつも、繊細な筆致とほの暗い詩情で文学ファンにも愛好されるクックだが、これまで日本の読者にはその肉声に触れる機会はほとんどなかった。今回、新作刊行を機にインタビューを行なった。
――昨年秋には日本にいらっしゃっていましたね。
トマス・H・クック(以下C) 世界中の悲しい歴史のある土地をめぐっているんです。「暗い土地をめぐる旅(ダーク・ツーリズム)」と呼んでいます。第一次大戦の激戦地だったフランスのヴェルダンや、《青髭(あおひげ)》で知られるジル・ド・レー卿の居城にも行きました。卿は史上最初の連続殺人者(シリアル・キラー)でしょう。
──日本ではどちらに行かれたのですか。
C 広島、長崎、そして富士山のふもとにある《自殺の森》に。広島と長崎にはとても心を揺すられました。
──《自殺の森》、青木ヶ原樹海は日本でも有名です。
C わたしが森に行ったのは暗くどんよりした日で、雨も降っていて、密な雲が富士山をすっかり隠していました。森の木々はまるで拷問か何かのせいでひどくねじ曲げられたかのように見えましたね。枝が上へ育っていくのではなく、まるで腕のように地面に平行に伸びているように見えたんです。森自体は非常に美しかったのですが、あそこを死ぬのにうってつけの場所だと思うひとがいるのも理解できました。
──鎌倉の水子供養のお寺にも行かれたとか。
C ええ。あそこも心に残っています。とてもきれいな場所で、亡くなった子どもたちに捧げられた小さな像が並んでいました。幾人か母親も見かけました、お香を焚(た)いて、お経を唱えていて。ひどく静かな場所で、わたしの眼には、それが弔(とむら)いの念を映したものに見えました。同時に、あの墓地には何というか、ぐっと迫ってくるような何かを感じましたね。ごく最近に失われた命の気配と、それゆえに今も生々しくうずく、まだ塞がっていない傷を抱えた母親たちの痛みと。