レビュー

国家運営の見本となる建造物

『ピラミッド 封印された数列 上下』(ウィリアム・ディートリッヒ 著 , 村上和久 訳)

文: 吉村 作治

  ピラミッドが登場する小説や映画は数多い。

  テレビ番組に至っては一年に数本、日本だけでも制作されている。フランスのルーブル美術館が代表例だが、世界中の建築の中にはピラミッドの形をモチーフにしたものが多い。

  日本のように土地が狭く、一平方メートル当りの単価の高い国にも、ピラミッド型の建築物はかなりある。ピラミッドには底知れない魅力があることは確かだ。

  しかし皮肉なことに古代エジプト人はピラミッドのことをピラミッドとはよんでいなかった。通称としてはメル(上昇するという意味)とよび、個別に固有の名前が付けられていた。

  例えば世界で一番有名なクフ王の大ピラミッドは、アケトすなわち太陽の沈む地平線ということなのだ。その真意は太陽が西の地平線に沈んだ後、あの世に行く時に再生・復活するということなのだ。

  その他、現在発見されている一〇〇以上のピラミッド全てに固有の名前が付けられている。二〇〇八年にこのピラミッドを見にエジプトにやって来る観光客は七〇〇万人に近いと言われているが、それだけピラミッドが人類にとって魅力を持っていると言える。

  初めてピラミッドを私が見たのは今から四三年前、大学生の時だった。その時の仰ぎ見る圧迫感、重厚さは今でも忘れられない。「大きい」とか「すごい」という言葉すら出なかった。

  このピラミッドに憧れた歴史上の人物はあまたあるが、今でも名を残しているのは、クフ王の大ピラミッドに穴をあけ中を探検した、アル=マムーンという当時のエジプトの太守だった人で、盗掘団を雇って内部にあると思われた財宝を取り出したのが一番であろう。今から一二〇〇年ほど前の事件だ。それまで、造られて以来、三三五〇年ほど誰も大ピラミッドの中へは入っていないし、入ろうともしなかった。かのアレキサンダー大王もクレオパトラ女王も、初代ローマ皇帝のアウグストゥスも中へ入ろうとはしなかった聖なるモニュメントだったのだ。そのたたりか、アル=マムーンはピラミッド開口の後すぐに死んでしまう。蛮勇とでも言うしかない。 

ピラミッドの呪い

  次に有名なのはナポレオンであろう。一七九八年、フランス革命から九年、まだ三〇足らずの共和国司令官ナポレオンはエジプト遠征を企図し、地元の支配者を倒して、エジプトの人々を圧制から解放するとうたって地中海を渡った。その戦争の有様はウィリアム・ディートリッヒの小説『ピラミッド  封印された数列』のなかで、「ピラミッドに隠された古代の秘宝」をめぐって争う登場人物たちが活躍する舞台として活き活きと描かれているので、そちらを読んでいただきたいが、ナポレオンのエジプト遠征の表向きの目的は、イギリスのインド貿易がケープタウン経由だったことに鑑(かんが)み、それより近い距離のエジプト経由のルート開発にあった。それが証拠にナポレオンは紅海とナイル川を結ぶ運河の計画を立てたし、それはレセップスによるスエズ運河開通の七〇年も前のことである。

ピラミッド 封印された数列 上
ウィリアム・ディートリッヒ・著 , 村上 和久・訳

定価:1995円(税込)

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ピラミッド 封印された数列 下
ウィリアム・ディートリッヒ・著 , 村上 和久・訳

定価:1995円(税込)

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