2010.08.20 書評

正論の時代にむけて

文: 福澤 徹三 (作家)

『I(アイ)ターン』 (福澤徹三 著)

  正論ばかりがまかり通る世の中である。

  いちいち例はあげないが、ひと昔前なら笑ってすまされたことが、犯罪として、あるいは大問題としてメディアをにぎわせる。いわゆる「大人の事情」が通用しなくなって、悪いものは悪いと、徹底的に断罪する時代になった。

「悪いんだからだめだ」という正論は、すなわち正義であって、それを振りかざされたら、誰も逆らえない。かくして正論は蔓延して、とどまるところを知らない。

  正論が幅をきかすにつれて、世の中はしだいに窮屈に、とげとげしくなっていく。他人に健全さを求めれば、みずからも求められる。ささいなミスも許されず、いったん悪人の烙印を押されたら、二度と這いあがれない。そんな世の中では、他人のミスにも寛容になれない。自分の迷惑となるものは、ことごとく悪として排除する。

  けれども、善悪とは絶対的なものではなく、相対的なものである。東洋医学でいうところの陰陽であり、光あれば影あるごとく、どちらか一方の世界は成りたたない。

  正義を振りかざす者たちは、ひたすら悪を撲滅すれば世の中がよくなると信じているようだが、いくら病巣を切除しても転移を止められないこと癌に似ている。

  癌そのものを攻撃するのではなく、それを生みだした体質に眼をむけない限り、再発は防げない。善悪の問題もそれとおなじで、世の中の構造を変えなければ、根本的な解決は望めないのではなかろうか。

  のっけから堅苦しいことを書いたが、『Iターン』は、まったく堅苦しくない小説である。拙著のなかでは、もっとも明るく、能天気な作品といっていい。

  主人公の狛江(こまえ)は四十七歳で、可もなく不可もなくといったサラリーマンだが、勤務先の経営悪化で、リストラまがいの単身赴任を余儀なくされる。東京に妻子を残して、北九州でひとり暮らしをはじめた矢先に、仕事上のトラブルから借金地獄へ突入する。そこへ凶暴なヤクザがあらわれて、狛江はさらなる窮地に陥ってしまう。

Iターン
福澤 徹三・著

定価:1680円(税込) 発売日:2010年08月07日

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