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大石内蔵助の原型<br />――福島丹波における家老のリーダーシップ

大石内蔵助の原型
――福島丹波における家老のリーダーシップ

文:山内 昌之 (東京大学名誉教授、明治大学特任教授)

『跡を濁さず』 (中村彰彦 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 そもそも、関ヶ原の戦いで徳川の天下取りにいちばん功のあった外様大名の福島正則を、姦計と陰謀で改易すること自体がまずもって胡散臭いのである。福島の家来たちが激昂して、一戦も辞さずとなったのは、後世の浅野家中と同じである。それでも、福島丹波は、一時の感情の高ぶりで我を忘れることはなかった。武士は名を惜しむのである。

 福島丹波は、城収受のためにわざわざ出張してきた老中安藤重信(あんどうしげのぶ)や譜代大名の常陸笠間(ひたちかさま)藩主・永井直勝(ながいなおかつ)など幕府方の歴々を相手に、使者を派遣し武士としての意地を見せた。丹波の意を受けた交渉役たちの言い分は、随分と筋の通ったものである。その主張をまとめると、現代の政治や外交でも論理として見事に成り立つほど整然としている。

一、 公儀(幕府)の上意である以上、芸備二国の召し上げには同意するが、江戸表にいる正則と京都滞在中の忠勝親子の生死のほども知れない以上、勝手に領地と城を明け渡すわけにはいかない。

二、 その領地は、主人正則によれば福島家中の働きによって与えられたものであり、正則は、いざ戦になった折は、城を枕に討死すべしと厳命していた。主人の墨付を見ないうちは、上使の沙汰であろうがたやすく承引できず、開城など思いもよらない。

三、 墨付はあくまでも江戸にいる正則の直筆であるべきなので、それが到着するまで収城使の面々と軍勢は国境の外に一旦出て他領に陣を構えるのが相当である。

四、 一時退去が出来ないというなら、福島正則の留守を預かる者として、一戦するか籠城するか、いずれかの道を選択せざるをえない。

 中村氏は、天下も改まり太平すでに開けた現在、幕府の方から開戦するのも世への聞こえが悪く、判官びいきの同情も福島に集まると見て、幕府が尾道(おのみち)から三里の地に兵を引いたと記述する。まさに、交渉の緒戦は福島丹波の一本勝ちに終わったのである。

 主人正則の墨付が届いた後も、丹波の鮮やかな振舞いは続く。主人の命が届いた以上は上意に従うが、家中の妻子の名誉ある退去のために徒歩でなく、船の使用許可を申し込んだ。近隣から船四、五百艘調達するように求め、それで婦女子がまず去った後に、城中掃除の上、広島城を明け渡すというのだ。また念のいったことに、これが叶わなければ、妻子どもには自害させ城を焼き捨てて死後の恥を晒さぬようにすると意気軒昂なのである。

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跡を濁さず
中村彰彦・著

定価:590円+税 発売日:2014年02月07日

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