今から二年前、単行本『辞書になった男』を上梓した際、どうしても読んでいただきたかったが、それが叶わなかった人がいる。
本書の元になった番組『ケンボー先生と山田先生~辞書に人生を捧げた二人の男~』の放送後、
「『不和のリンゴ』を差し出した当事者としておこがましいことを申せませんが……」
とメールをいただき、二人の編纂者の決別の真相を手紙で明かしてくれた、元・三省堂社員で、辞書出版部長や取締役を務めた小林保民さんだ。
小林さんは、平成二五(二〇一三)年四月二九日に放送されたこの番組をご覧になり、
「私の発言につきましても意図を外すことなく採用して下さいましたことを深謝いたします。番組として素晴らしかったと思いますし、私の最晩年にとりましても、よい思い出になりましたことを御礼申し上げます」
とメールをくださった。
放送後すぐに、文藝春秋の波多野文平さんから書籍化のお話をいただいたことをお伝えすると、
「(番組より)もう一歩踏み込んだ内容も、可能になるかと思います」
と言い、後日、事の真相が書かれた丁寧なお手紙を送ってくださった。
そうして、見坊豪紀と山田忠雄を巡るこの物語は完成した。
九月末、脱稿したことを伝えると、
「大いに期待させていただきます。私も比較的元気に過ごしております」
とすぐにお返事があった。
それから約一カ月後、番組が第三十回ATP賞の最優秀賞を受賞したことをお伝えすると、なぜかお返事が小林さんの娘さんからあった。
「最近、父はメールを見なくなってきており……」
とあり、あれだけ筆まめで律儀な小林さんがどうされたのか、と案じていた。
その年の暮れ、平成二五年一二月二七日に、第三十回ATP賞の授賞式の模様がテレビ放映された。その翌朝、小林さんの娘さんからメールをいただいた。
「昨日、ATP賞受賞の様子のテレビを拝見しました。受賞、おめでとうございます。父は、一二月一一日に他界いたしました。最後のよい思い出をこの世に残すことができましたこと、感謝申し上げます」
あまりに突然なことに、ことばを失った。
小林さんは、二週間以上も前にこの世を去っていた。
そのことを授賞式が終わるまでこちらに伝えまいとする心遣いに胸が痛んだ。
小林さんが亡くなられたのは、番組の放送からわずか半年余りのことだった。
本書の刊行を待たずに、最も重要な証言を残してくれた小林さんが亡くなられたことが、今も悔やまれてならない。本は、娘さんが仏前にお供えしてくださった。
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辞書に秘められた興奮と切なさ
2014.03.06書評
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