「学生時代も含めると、合計11年ほど塾の講師をしていました。大手で働いていたこともありましたが、僕自身は生徒と距離が近いアットホームな個人経営の塾のほうが居心地がよく、そこでの人間関係の面白さもあって舞台に選びました。学校とは違うコミュニティーだからこそ成り立つミステリーになったと思います」
小学生から中学生が通うJSS進学塾の塾長・加賀見のもとにある日、塾生を誘拐したとのメールが届く。しかし、身代金はなんと5000円、しかもすべて1円玉で用意しろという奇怪な要求だった。身代金受け渡しに指名されたのは大学生塾講師の5人、犯人はゲームを楽しむかのように金の受け渡し場所を特定するヒントとして彼らに勉強に関する問題を出していく。
「1人の名探偵が事件を解決する話よりも、何人かが力を合わせて立ち向かうもののほうが好きなんです。塾講師はそれぞれ担当科目があるのでそれを利用しない手はないだろうと。また、高校時代に演劇部で脚本を書いていたので、登場人物が多くても、物語の進行に必要な駒として扱うのではなく、きちんとキャラクターを立てることを意識する癖がついていました。おかげで個性あふれる先生達が躍動していく姿が描けました」
犯人が出題する問題、そして答え(数学の問題では座標の図示まで!)が丁寧に書かれつつ、それが小説の面白さの向上にも役立っている。
「他の作家は絶対にこんなことやりませんよね(笑)。エンターテインメント小説の美徳は読みやすさだと思っているので、問題文を入れながらも、リーダビリティーにこだわっています。また、塾という勉強を教える場所の話なので“どうすれば勉強を楽しめるのか”“なぜ勉強をしなければならないのか”という問いにも自分なりの答えを出さねば、という気持ちがありました。物語の終盤には中学生が発した後者の質問に講師が答えるシーンがあり、読みどころのひとつとなっています」
容疑者と思われる人物が浮上したあとも、物語のスピード感は落ちず、読者が予想できないようなどんでん返しが何度も繰り出される。
「最初にプロットを厳格に作らず、書きながら『より面白くしてやろう』と考えたからこそ、振れ幅が大きくなったのかもしれません。ただ、誘拐といっても子供が死ぬような悲惨な話にはしたくなかったので、後味の悪くないものに仕上がっています。現在塾に通ってらっしゃる方はもちろん、勉強嫌いのお子様やお孫さんがいらっしゃる人はぜひ読んでいただければ」
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