2010.08.20 書評

南アフリカで起きた事実を伝えたかった

文: 佐藤 岳 (報知新聞記者)

『中澤佑二 不屈』 (佐藤岳 著)

  南アフリカで取材をしていると、日本国内の熱狂ぶりは意外と伝わってこないものである。例えば、YouTubeの映像で六本木の交差点が狂喜したサポーターによって埋め尽くされる様子を見ても、W杯に対して冷め切っていた日本しか知らないものだから、嘘でしょ、なんて思ってしまう。

  だから、電話越しに妻の思いがけない言葉を聞いたときは一瞬、頭が混乱した。 「パラグアイってFIFAランキング、31位なんでしょ?  カメルーンが19位だったから、日本は勝てるよね?」

  普段サッカーはほとんど見ないはずの彼女がパラグアイのFIFAランキングを語っている。しばし絶句した。日本は大変なことになっていると実感したのはまさにその瞬間だ。

  日本に戻ってからはまさしく浦島太郎状態である。パラグアイ戦でPKを外した駒野友一は逆に知名度を上げて「SMAP×SMAP」に出演し、ほかの選手たちもワイドショーにバラエティーに引っ張りだこ。今野泰幸が闘莉王を真似て叫んだ「集まれ~」が脚光を浴び、長友佑都の家族に至ってはすっかり有名人となっていた。ほんのちょっと前まで日本のサッカー人気が風前の灯火だったことを考えると、その尋常じゃない熱狂ぶりに違和感を覚えずにはいられなかった。

  ただ、W杯のベスト16自体は偉業に違いないし、それによってサッカー選手の露出が増えるのは悪いことではない。サッカー熱が再び戻ってくれば、Jリーグも注目され、ひいては日本代表の強化にもつながるのだから、むしろ歓迎されるべきことだ。それよりも個人的に奇異に感じたのは、日本を率いた岡田武史監督への「謝罪論争」である。大会前に岡田氏のチーム作りを批判していた評論家やメディアに対し、謝るべきという声が上がり始め、あいつは謝った、あいつは謝ってないというような議論がネット上で繰り返されていた。

  そのような現象が沸き起こった経緯は詳しくは知らないが、報じる側がその発言に責任を持たなければならないことは当然だし、場合によっては自ら誤りを認める必要もあるだろう。だが、今回の謝罪云々については、日本代表の表面的な部分だけを見て議論されているようなところもあって、どうにも釈然としない気分になった。

  新聞記者として長らくサッカー取材に携わってきた僕にとってW杯観戦は今回で三大会目となる。いずれも日本代表の取材がメインで、日々選手と会話をし、練習や試合を見ては原稿を書いてきた。振り返ると、2002年の日韓大会でも2006年のドイツ大会でもチームの内部では実に様々な出来事が起こり、その小さな事象の積み重ねが結果につながっている。そこにはいまだに報じられていないようなエピソードだって存在するし、代表を取り巻く世界は奇麗事だけで成り立ってはいない。それは今回も同じであって、自国開催以外の大会で初めて16強に進んだからといってすべてがハッピーエンドというわけではなく、今大会の出来事が引き金となって代表からの引退を決めた選手もいれば、逆に代表をやめようと考えていたのに続ける意欲が湧いてきた選手もいる。勝ったから岡田監督は名将、選手はよくやったなどという単純な話ではないのである。

中澤佑二 不屈
佐藤 岳・著

定価:1300円(税込) 発売日:2010年08月28日

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