- 2013.08.08
- 書評
「アイデア工場」での知的冒険譚
文:成毛 眞 (HONZ代表・インスパイア取締役代表)
『世界の技術を支配するベル研究所の興亡』 (ジョン・ガートナー 著 土方奈美 訳)
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
iPhone(アイフォーン)やグーグル検索、フェイスブックは果たしてイノベーションと言えるのであろうか。もしそれらが情報時代に不可欠ではあるが、単なる優れたツールでしかなかったとしたら、本物のイノベーションとはなんなのだろうか。そしてイノベーションを意図的に生み出すための条件や方法論とは一体どんなものなのだろう。
本書はこれらの問題に真正面から問いかけをしながら、イノベーションなどに興味のない読者であっても、知的冒険譚として心躍らせて読むことができる素晴らしい1冊に仕上がっている。1983年からニューヨーク・タイムズで書評欄を担当、その辛辣な批評で有名な文芸批評家の角谷美智子氏が2012年のベスト10に選んだほどだから、たしかに読みものとしても傑出しているといってよいだろう。
1925年、のちに世界最大の会社となったAT&Tは、創業者の名前をとってベル研究所(略称ベル研)を開設した。以来、ベル研は13人ものノーベル賞受賞者が輩出し、企業内研究所としてはもっとも尊敬されるべき研究所として通信・情報などの分野に君臨した。
ベル研はトランジスタ、衛星通信、情報理論、光ファイバーなど、どれ一つが欠けても現代生活そのものが成立しないような基礎技術を開発し続けた。iPhoneやグーグル検索はもちろん、携帯電話や地上波デジタルテレビなどはその応用技術である。iPhoneやグーグル検索はコンシューマ製品におけるイノベーションであり、ベル研のそれはプラットフォーム技術のイノベーションといいかえることができる。
政府公認の独占企業だったAT&Tの傘下にあったベル研の宿命は、その研究成果を格安の特許料で一律に使用権許諾しなければならなかったことである。そのため研究者の名前で取得した特許であっても、研究者には特許料収入が入ることはなかった。であるにもかかわらず、人類の生活をまさしく一変させる理論や技術が次々と開発されたことは、今では奇跡とも言ってよいだろう。
その背景には物理学者や数学者、化学者や応用技術者など異分野の研究者が積極的に情報交換することを奨励するという経営思想があったらしい。研究所の建物も注意深く設計されており、研究室と事務用オフィスが別のフロアにつくられ、人々がすれ違うことを強要されるような長い廊下で有名だったのだという。
まさしくベル研は原書のタイトルどおり、計画的に建設された「アイデア工場」だったのだ。いっぽうで現在アップルやフェイスブックの本社があるシリコンバレーは「アイデアの集積地」だ。しかし、現代では経営学者がイノベーション・ハブとよぶこの地もベル研と無縁ではいられない。
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