2010.02.20 書評

歴史は脳を若くする

文: 出久根 達郎 (作家)

『文藝春秋にみる坂本龍馬と幕末維新』 (文藝春秋 編)

  現実の人間より、書物の中の人間に、とみに愛着を覚えるようになった。若い頃から、その傾向があったのだが(だから古本屋稼業を続けていた)、最近、はなはだしくなった。

 老いた証拠である。老いると、父祖の声がなつかしくなる、そう言ったのは、山本夏彦翁ではなかったか。

「トシをとると、不易(ふえき)なものに安堵(あんど)を覚えるようになりますね」

 司馬遼太郎氏の言葉である。続けて、こうおっしゃる。「自然が身にしみて美しいと思えるようになるとともに、世々に生きた人達に、人としての魅力を一入(ひとしお)感ずるようになります」

 なるほどなあ、と納得した。知人に話をしたら、司馬さんの言うトシとは老齢のことでなく、単純に大人になるという意味でしょう、と笑った。だって古人を好きになるのに、年齢は関係ない、むしろ時代の衝動ではありませんか、今年は坂本龍馬が持てはやされている、龍馬のような率先して風穴をあける人物を待望する、啄木のいう「時代閉塞の現状」だからですよ、現実に打破する人間が見当らない、だから歴史上の人物に救いを求めるのです、これは大人の世界ですよ、と言う。知人は私よりずっと若い。

 そうかもなあ、と私はうなずいた。実は司馬さんの言葉は、「人間の魅力」というタイトルの談話記事にある。阪神・淡路大震災やサリン事件など日本中を揺るがした、平成七年に発表された。幕末動乱期に生きた人たちの姿を参考にして、心の支えを得る必要を説いた。

 動乱、というなら今だってそうではあるまいか。リーマン・ショック以来、経済も政治も世情も騒然としている。人心も動揺している。司馬さんの言葉は、そのまま通用する。大人の目で歴史を見直し、時代に活躍した人たちの言動を学ぶ。いつの世の人たちも、皆そうしてきたはずである。

 恰好(かっこう)のテキストが、出版される。『文藝春秋にみる坂本龍馬と幕末維新』である。龍馬ファンや歴史好きはもとより、人間に興味のあるかたは、是非お読みいただきたい。

 なぜ声高に勧めるか、というと、タイトルの「文藝春秋にみる」に意味があるからだ。創刊(大正十二年)から現在までの既刊号の中から、「坂本龍馬」と「幕末維新」に関する、最も興味深い記事を選んで構成している。

文藝春秋にみる坂本龍馬と幕末維新
文藝春秋・編

定価:1680円(税込) 発売日:2010年02月26日

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