志水辰夫が『飢えて狼』で鮮烈なデビューを飾ってからすでに三十年以上の歳月がすぎている。一九八一年に発表されたこの処女作は、大胆な構想を活かした国際的スケールの冒険活劇であるばかりか、のちに“志水節”と呼ばれた叙情あふれる語りによって、たちまち多くの読者を魅了した。新人とは思えない完成度だった。以後、『裂けて海峡』、『背いて故郷』、『行きずりの街』など、冒険小説やハードボイルドと呼ばれるジャンルの傑作をいくつも世に送り出していったのだ。
一九九〇年代に入ってからは、中年もしくは初老の男を主人公にすえ、哀感ただよう物語の短編小説を次々に発表していった。短編集『いまひとたびの』が第百十二回直木賞の候補となったとき、選考委員の井上ひさしは、収録の一編「赤いバス」に対して「掛け値なしの名作、新作にしてすでに古典であると云ってもいい」との講評を残した。
近年はもっぱら時代小説を手がけている。初の時代物長編『青に候』が単行本で刊行されたのは、二〇〇七年二月のこと。これまで時代小説として刊行されたのは長編が三作、そして連作短編集のシリーズが三作。これら時代物の特徴は、作者の円熟した語りで読ませていくのはもちろんのこと、主人公が若く多感な男であり、ときに軽やかで溌剌とした表情を見せるところだろう。ここに現代ものにはない魅力が発揮されているのだ。
本作『夜去り川』は、二〇一一年発表で、時代物としては三番目の長編作にあたる。この小説の主人公、檜山喜平次もまた、二十七になる青年だ。
物語は、渡良瀬川が流れる小さな村で渡し船の船頭をしている喜平次のもとへ、目明し紋吉とその子分らがやってきた場面からはじまる。そこで喜平次は紋吉から「格好が板についてきたじゃねえか」とからかわれる。もともと弥平という男が渡しの船頭をしていたが、ひょんなことから代わりをつとめることになったのだ。よそ者の喜平次は、なぜこの村に居ついているのか。
なにか訳ありの男が主人公で、物語の進行とともにその秘められた正体や過去の謎が明らかになっていくという筋立ては、これまでの志水作品でおなじみのスタイルだ。
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