過去の手帳の束をひっくり返してみると、一九九八年五月に、中上かすみさんと最初に会っている。その日から『エレクトラ』の出版まで九年強かかっていることに、われながらおどろ かされる。
「オール讀物」に書きはじめたのは二〇〇三年十一月号から。終わったのは二〇〇七年六月号。全部で十回書いたが、第一回に百十五枚、最終回に百二十枚書いている。この二回が特別多い。全体で七百五十枚くらいになったか。
それから連載全部をプリントアウトしてもらい、ひと月ほどかけて手直しをした。加筆もしたが、削除のほうが多かった。連載中は新鮮に感じられた叙述が、通して読んでみると甘ったれた感じで、弱い。重要な意味を持っていると考えられたいくつかのエピソードも、不必要に感じられた。それで鎌で草を刈るように、ばっさばっさ刈りとっていった。こうして、はじめて入稿した。
初校ゲラが出て、やはり鼻につくところがいくつかあったので、刈りとった。結局、六百枚くらいになったか。その初校ゲラを三ヵ月あまり抱いていた。ソウルの妻の家で、作業のほとんどに当たった。
再校ゲラも一ヵ月以上抱いていた。気になるところがまた出てきて、削除した。執着を離れるのは、とてもむずかしい。
ゲラを担当のI氏に返すとき、生身の一部を切り離すような寂しさをおぼえた。このような感情は、はじめてだった。
三校でも削除した。執着からやっと離れられたと思ったが、I氏に返すとき、こんどはわが子を旅に送り出すような悲しみをおぼえた。あんな思いを、これからも経験するのだろうか。
「エレクトラ」とは、ソポクレスによるギリシャ悲劇。姉のエレクトラと弟のオレステスが、父を殺した自分の母を殺害し恨みをはらす物語であるが、中上健次は二十代半ばに満を持して同名の小説を書き、没にされていた。火事で焼けてしまい、見ることはできないが、この小説は、それ以後書き継がれる熊野を舞台にした多くの物語群の原形となった。
ならば私は、と思った。彼を主人公とする「エレクトラ」を書いてみようと。
取材をすすめるうちに、父殺しのテーマをたびたび指摘されてきた彼こそ、母殺しの衝動を胸にたぎらせてきたのだと思い至った。巨人化された彼の等身大の姿を、夫人をふくめて彼と親しく交わった人たちが語ってくれた。その青春は痛いくらい峻烈であった。