本書は、お江戸を舞台にした『まんまこと』シリーズの第三作目である。
同シリーズの主人公は、高橋麻之助(たかはしあさのすけ)。高橋家は、神田で代々「町名主」を務めて来た由緒ある家柄だ。町名主とは、町のさまざまなトラブルを処理する役回りなので、当然そうした役に相応(ふさわ)しい人品が求められるものであろうが、この麻之助、十六の年に突然、生真面目で勤勉な性格から気楽な遊び人に変わってしまったらしい。そんな彼が、別の町名主の息子で八木清十郎(やぎせいじゅうろう)、見習い同心・相馬吉五郎(そうまきちごろう)と三人で、江戸で起こったさまざまなトラブルや謎に取り組んで行く、というストーリー。オムニバス短編集だが、一話ずつ完結しているので、どこから入っても、楽しめる。
とはいえ、このシリーズを手に取った読者は、当初、さぞかし肩すかしをくらい、未知なる江戸カルチュアへの期待をつのらせた……であろうことをも、わたしは信じて疑わない。
というのも、著者は、江戸妖怪小説として名高い「しゃばけ」シリーズの著者であるからだ。
『しゃばけ』というかわいらしいファンタジーが登場したのは、二〇〇一年。第十三回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞のその作品は、江戸を舞台にした物語で、薬種問屋の一人息子一太郎(いちたろう)を主人公とする、所謂(いわゆる)江戸もののお話である。体の弱い一太郎は、ちょっとしたことでも寝込んでしまうので、彼が主人公だなんて、どうなんだろうと怪訝に思いながら読み進むと、この一太郎、実は母方の祖母が妖(あやかし)だった。そんなお血筋のため身辺の護衛からお見守りからなにから、妖怪変化がぞくぞく登場してくるのだ。お化けだらけの江戸の日常風景というのも、前代未聞な展開だった。
つまり、「しゃばけ」シリーズは、江戸の日常を、幽霊や妖怪らが大勢、自由自在に闊歩(かっぽ)する異世界と捉えたところに、その最大の発見があり、ファンタジー文学としての読書快楽があった。
まあ、ファンタジー抜きの江戸モノ大好き正統派から見れば、叱られるかもしれない発見だが、しかし、歴史ファンタジーや時代物ファンタジーの延長上に、江戸文化を探究する喜びを見いだすばかりか、さらにさまざまな時代小説へ触手をのばし、粋な遊びとして楽しむ江戸文化ファンがあとをたたないことを知るにつけ、じつは『しゃばけ』は、時代小説とファンタジー小説の幸福な出会いを実現していたんだなぁと頷首(がんしゅ)したのである。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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