2014.08.07 書評

『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』解説

文: 大倉 貴之 (書評家)

『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』 (篠田節子 著)

 文庫解説という場所なので、まず最初に書いておきますが、作者の篠田節子さん(以下、敬称略)は、一九九〇年に長篇小説『絹の変容』で第三回小説すばる新人賞を受賞。翌九一年に同作を集英社より刊行。つづけざまに長篇小説『贋作師』、『ブルー・ハネムーン』、『聖域』、『夏の災厄』などを発表。九六年の『ゴサインタン―神の座―』で第一〇回山本周五郎賞を受賞、九七年『女たちのジハード』で第一一七回直木賞を受賞している。

 普通なら、つづいて作者の多彩な作品の紹介や、作品毎に様々なテーマに挑む作者の姿勢について書くのが定番かと思いますが、わたしはこれまで篠田節子の『レクイエム』(文春文庫)、『静かな黄昏の国』(角川文庫)と二度、文庫の解説を担当させていただき、そこで詳しくそれらのことを書いていますので、ここでは過去の作品からは少し離れて篠田節子の短篇、中でもSF関連の作品についての話題に絞りたいと思います。

 篠田節子の短篇集は、九四年『愛逢い月(めであいづき)』、九九年『レクイエム』と『青らむ空のうつろのなかに』、二〇〇二年『静かな黄昏の国』、二〇〇三年『天窓のある家』、二〇〇四年『秋の花火』、二〇〇六年『夜のジンファンデル』、二〇〇七年『純愛小説』とコンスタントに発表されていましたが、長篇『転生』や『仮想儀礼』などがあり、次はしばらく空いて二〇一一年の『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』になる。この後はまた二〇一三年『ミストレス』、二〇一四年『長女たち』とつづいて発表されている。本書は二〇一一年に文藝春秋から刊行された単行本『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』の文庫化で、収録の四篇は同社の「オール讀物」に二〇〇九年から二〇一一年にかけて発表されたものである。

 ここで、どうしても触れておかなければならないのが、牧眞司編『篠田節子SF短篇ベスト ルーティーン』(ハヤカワ文庫)である。二〇一三年の暮れ、わたしは書店で『ルーティーン』を発見していささか衝撃をうけた。オビには「現代SFのもうひとつの到達点!」、「自在にジャンルを越境する偉才のSF的達成を精選」とある。これはオレが(頭の中だけで)企画していた篠田節子アンソロジーではないのか、と慌てた。

 急いで手に取り目次を見ると、書き下ろしの「ルーティーン」の他に未読の「沼うつぼ」、「まれびとの季節」、「人格再編」が採られている。既読で採られているのは「小羊」、「世紀頭の病」、「コヨーテは月に落ちる」であった。篠田節子の単行本は全て読んでいると自負していたので未読SF短篇が三作もあったことにも驚き、急いで購入した。

『ルーティーン』本文を読み終え、篠田節子SF短篇ベストというには、何か足りないという印象を覚えた。介護ロボットと老女の触れ合いを描いて評価の高いSF短篇「操作手(マニピュレーター)」と『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』に収録された四篇が、ひとつとして収録されていなかったからだ。また、未読作品の素晴らしさに驚きつつも、全単行本を読んでいるはずのわたしに何故、未読があったのか?

 巻末にあった編者=牧眞司の解説「Setsuko in Wonderland―ジャンル横断実力作家はSFでも凄玉!」を読んでその疑問は解けた。『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』収録作は本書(文春文庫)の刊行が決まっていたからで、何れも高い完成度であった未読の三篇は何故か書籍未収録の作品であった。そして「操作手(マニピュレーター)」は日本SF作家クラブ編『日本SF短篇50 IV』に収録されたばかりということで見送られたのだった。編者は、巻末の解説も含めて、私の頭の中に漠然とあった〈篠田節子SF短篇集〉より深化していたのだ。

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はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか
篠田節子・著

定価:本体630円+税 発売日:2014年07月10日

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