2015.01.02 書評

歴史を超えた人間哲学 
ギリシアはこんなに面白い

文: 柳 広司

『ソクラテスの妻』 (柳広司 著)

 画家レオナール・フジタ(藤田嗣治)に「小さな職人たち」と呼ばれる二百枚を超える連作がある。

 縦横十五センチ。小さな正方形のパネルには、パリの町角で見かける様々な職業の人々が“子供たちの姿を借りて”描かれている。大胆な構図と「すばらしき乳白色の肌」の裸婦像で知られるフジタだが、「小さな職人たち」では、一転して小画面ならではの精緻な筆致とユーモラスな絵柄で、画家の異なる貌を窺い知ることができる。

「作家はアルティスト(芸術家)であるより前に、腕利きのアルティザン(職人)でなければならない」

 晩年そう語ったフジタは、「小さな職人たち」の連作を自らのパリのアトリエの壁面に“恰(あたか)もタイル張りの如く”張り付けていたという。

 本書に収められた作品の連載依頼があった際、最初に頭に浮かんだのが上の逸話だった。

「何かギリシアに関係した話を十枚程度で書いて下さい(註:出版業界では、なぜかいまだに“四百字詰め原稿用紙何枚”という数え方をする。不思議と言えば不思議な話である)」

 確かアテネ・オリンピック開催の前年だったと記憶している。

 原稿用紙十枚。

 感覚としては、“縦横十五センチの小さな正方形のパネル”といったところだ。

 よし、目指すは柳版「小さな職人たち」だ!

 と密かな野望を抱いて開始した連載だったが、アテネ・オリンピック終了とともに世の中のギリシアへの関心も薄れ、程なく連載打ち切りを告げられた経緯がある。

 柳版「小さな職人たち」となるはずだった「ギリシア作品集」は、二百作はおろか、わずか十二作であえなく頓挫したというわけだ。

 ところがその後、他の奇特な出版社から書籍化の話が持ち込まれた。但し「このままでは枚数が足りないので、“既存の作品を総括する”書き下ろしを一本書くことが条件」だという。

 なるほど理屈としてはもっともである。

 思案の末――当初の目的とは若干異なるが――、十二枚の小品を一つの画面にまとめる「額縁」を付けることにした。

 それが、本作品集末尾に位置する「ヒストリエ」だ。

 さらに今回、判型を変え、文春文庫としてお目見えするに当たって、上の事情を「文庫版あとがき」に書いてほしいということなので、普段はあまり明かさない舞台裏を書いた次第です。

 

 ヘロドトスの『歴史』のギリシア語文字数(“数え上げ”)については、京都大学名誉教授の中務哲郎氏に貴重なご教示を頂きました。改めて感謝を捧げます。

 

 なお、本書は単行本時『最初の哲学者』として刊行されたものを、文庫化にあたり、一部文章に手を入れ、『ソクラテスの妻』と改題したものです。読み比べて頂くのも一興かと。

 二〇一四年十二月(アテネ・オリンピックから十年目の年に。オリンピックは毎回アテネで開催すればいいのに)

(「文庫版あとがき」より)

ソクラテスの妻
柳広司・著

定価:本体550円+税 発売日:2014年12月04日

詳しい内容はこちら


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