- 2013.05.17
- 書評
ムダなことを真剣にやるからこそ、おもしろいんです
文:ブルボン 小林 (コラムニスト)
『マンガホニャララ ロワイヤル』 『マンガホニャララ』 (ブルボン小林 著)
ジャンル :
#趣味・実用
この4月、『マンガホニャララ』(2010年刊)が文庫に、そして待望の続編『マンガホニャララ ロワイヤル』が単行本としてほぼ同時刊行されたブルボン小林氏。3年間で氏の境遇は大きく変わっていました――。
『マンガホニャララ』は、ブルボン小林としてデビューしての10年間に、各誌で書いたコラムをまとめたものですが、今回発売された『マンガホニャララ ロワイヤル』は主に「週刊文春」で連載していたコラムを収録したものです。
両著の間に、変化がありました。小学館漫画賞や手塚治虫文化賞などの選考委員を頼まれたり、ラジオ番組のレギュラーになったり。2000年、ウェブ雑誌のにぎやかしだった「末端通信」をふりだしにして、さながら「わらしべ長者」のような「出世」で、マンガの主人公みたいだと自分でも思います(笑)。
それまで、マンガの世界はマンガの紹介記事ばかりで評は少なかった。もちろん中条省平さんのような学者が語っていたけど、僕の世代の語り手はいなかった。
またウェブ上でみかけるように、単一のマンガやアニメを細分化されたジャンルで深く濃く語る――のではなく、いろんなマンガについて語っているという点が、起用者からみて、新しく、希少性があったのだと思います。ひとりで全部を相手にするというのは、批評の仕方としては、逆に古いスタイルなのかもしれませんが。
映画産業には昔から映画評の需要がありますよね。映画会社にとっても、批評はPR的に当たり前のことでした。しかし、マンガ産業にとっては、さしあたって批評記事の必要がなかったことも、マンガを考察する人の登場を遅らせていたのかもしれないですね。
こんど文春文庫に入った『マンガホニャララ』には、「ドラえもん」のスネ夫の自慢表をフロクにつけました。「スネ夫の繰り出す過剰な自慢こそが、『ドラえもん』の物語を推進させる」とコラムにも書きました(文庫p.143)が、148に及ぶ彼の自慢を分類するにあたり、どれが自慢であり、自慢でないのか、てんとう虫コミックスをめくりながら協力者たちと真剣に議論しました。
たとえば、スネ夫がひとりで鏡をみて自分にうっとりしているコマ。これはナルシズムであって、自慢ではない。
また、海水浴でスネ夫が泳げない人たちに向かって「泳げない人はかわいそうだなぁ」などと言うシーンも、それは嫌味であって、自慢ではない。
もちろん、この表を見て、違う見解を持つ人もいると思います。でもこういったことは、厳密さを求めて真剣にやるからこそ、たとえ答えが間違っていても、「遊び」として楽しいんです。
野球は端的にいえば、投げたボールを棒で打つだけですよね。ストライクやボールの選別など、どうでもいい人にはムダにしか思えないことです。しかし、それを真剣にやっているからこそおもしろいゲームになるし、哲学が生まれたり選手が女子アナと結婚したりするんですよ。