2014.09.03 書評

一気読みは確実の超面白小説

文: 北上 次郎 (文芸評論家)

『ライトニング』 (ディーン・R・クーンツ 著/野村芳夫 訳)

 あの熱狂を思い出す。クーンツがいちばん輝いていた時代を思い出す。いまからちょうど二十五年前、一九八九年のことだ。この年、クーンツ作品は、『戦慄のシャドウファイア』『ウィスパーズ』『邪教集団トワイライトの追撃』『ライトニング』『12月の扉』『夜の終りに』『雷鳴の館』『殺人プログラミング』と、各社から合計八作が翻訳された。このうち面白かったのは五作。八分の五ならすごい。クーンツ元年といっていい。それ以前にもクーンツは、『マンハッタン魔の北壁』とか『逃切』とか幅の広い作品を書く器用な作家として紹介されていた。この年突然紹介されたわけではない。だが、一九八九年のクーンツは、まったく新しいクーンツだった。あとから考えれば、その萌芽は前年に翻訳紹介された『ファントム』にあった。これは、五〇〇人の住人がいっせいに姿を消し、ゴーストタウンと化した町に女医と妹が帰ってきて、保安官と一緒にその想像を絶する〔敵〕と戦う長編で、それ以前のクーンツとは明らかに違っていた。クーンツってこんなに面白かったっけ、とみんなが驚いたものだ。ようするにこのあたりでクーンツは化けたのだろう。原著刊行年を無視して、翻訳の刊行年だけで語っているので、それで当たっているのかどうかはわからないが、それはともかく、一九八九年の「クーンツ大攻勢」の話である。

 特にこの年の五月に翻訳された『戦慄のシャドウファイア』がすごかった。離婚調停をすすめている夫婦がいる。冒頭は夏の陽ざしがきらめく通りでその夫婦が口論しているシーン。妻のレイチェルが慰謝料もいらないと言ったことにプライドを傷つけられた夫エリックが怒っているというシーンだ。直後にエリックは車にはねられ即死。レイチェルには恋人のベンがいるので、それで問題は解決かと思うと、そうではない。そのエリックの死体が死体公示所から姿を消すところから、物語は激しく動き始める。死から蘇ったエリックが爬虫類となってレイチェルを追いかけてくるのだ。ここから壮大な逃走と追跡のドラマが始まっていく。ただそれだけの話、との印象があったが、あとで読み返してみると、それだけの話ではなく、さまざまなことが周囲にある。まず、エリックがレイチェルを追いかけるだけでなく、エリックの蘇生の秘密を守るために情報部のシャープが部下を引き連れて、レイチェルとエリックを追ってくるし、ベトナム時代をめぐるベンとシャープの確執はあるし、そのシャープと部下ピークの対立はあるし、盛り沢山なのだ。これだけたくさんのことがあるのに、ただ追いかけてくるだけの話、との印象を持ってしまうのは、怪物と化していくエリックの血の叫びが不気味なトーンとして物語の底を流れていたからだ。これが何よりも素晴らしい。爬虫類になった夫がひたすら追ってくるんだぜ。こんなにばかばかしいホラ話、読んだことがない。不幸な生い立ちを登場人物に語らせてエリックの性格形成を側面から描くように、すべてを説明してしまう明瞭さが気になったものの、これは作者のサービス精神のあらわれだろう。

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ライトニング
ディーン・R・クーンツ・著 野村芳夫・訳

定価:本体990円+税 発売日:2014年08月06日

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