2012年9月、単行本として出たばかりの『督促OL 修行日記』を私は食い入るように読んだ。奥付を見ると発行者が文藝春秋の藤田淑子クレア局長(当時)だったので、思わず藤田氏の携帯電話を鳴らした。そして、「『督促OL 修行日記』はすごい作品です。これは売れます。組織論としても人間論としてもほんとうに優れた本です」と伝えた。
今回、文庫版解説を書くために、本書をもう一度精読した。あのときの新鮮な感動がもう一度甦ってきた。
企業や役所などの組織には、独自の「物理の法則」がある。自然界で重い物が自然と下に落ちてくるように、組織では、面倒な仕事、汚い仕事は、下に降りてくる。特に入社3年くらいまでの時期にやらされる仕事には、ろくでもない内容のものが多い。上司は「若い頃の苦労は、買ってでもやるものだ。肥やしになる」と言うが、この場合、苦労は、若手でなく、他人(たいていの場合、上司)の肥やしになる。こういう経験を積むうちに、社会人はズルさを身につけていく。
本書の主人公N本さんの場合は、最初、電話で督促をした相手から「うるせぇんだよ馬鹿野郎! ちゃんと支払うっつってんだろ!」という罵声で、社会人としての洗礼を受ける。その後の苦労について、N本さんは自身の体験を抱腹絶倒の物語として展開している。
私が感銘を受けたのは、ユーモアたっぷりの物語紹介の中に見える、N本さんの鋭い人間観察眼だ。特にクレジットカードの支払金督促から見える人間模様が興味深い。
〈契約者さまが誰かにカードを渡している場合、
「その金は俺が使ってんじゃない! ××って奴にカードを貸してるんだ! そっちに連絡してくれよ!」
と言って支払いを拒まれることも多い。
だからといって支払いの義務はカードの契約者にあるので、いくら支払いを拒否されても私たちは請求するしかないのだが、こういった方から回収をするのは本当に難しい。
でも、支払いを拒めば契約者本人の信用情報が悪化する。言うなれば他人の作った借金のせいで、契約者本人が不利益を被る。なんともいたたまれない事態になる。〉
(180~181頁)
連帯保証人になった場合にもこのような状況に陥ることがある。ここまでは一般論だ。それでは、他人に貸してしまったクレジットカードがどのように使われているのだろうか。N本さんが憤ったのは以下の事例だ。