「死」を意識し、樹海に足を踏み入れる人々を描いた連作短編集『樹海』。6つのエピソードには、著者の鈴木光司さんいわく「それぞれ長編が1本ずつ書ける」というほどの着想が詰め込まれています。作中で味わうことができるのは、樹海に至る人々のひととおりでなく悲惨な人生。この濃厚な「樹海シリーズ」を長い期間かけて執筆されてきた理由を、著者に伺いました。
――なぜ「樹海」にスポットをあてた作品を書こうと思われたのでしょうか。
はじめから「富士の樹海に集まる人々」を書こうとしたわけではなかったんです。そもそものきっかけは、10年ほど前、ワイドショーで「洞窟おじさん」のニュースを見たことでした。
「洞窟おじさん」と呼ばれるこの男性は、13歳で両親による虐待に耐えかねて家を出、それから43年間も栃木県山中の洞窟で暮らしていたそうです。この男性を取材して小説を書きたい、と思って会いにいったのですが、彼は人と話さない期間が長かったこともあってなかなか言葉が出てこず、深いところまでは聞けなかった。それでも心に残った話があって、それが「自殺をしようとして富士の樹海に行った」というエピソードでした。
――山で暮らしていたのに、わざわざ自殺するために「富士の樹海」に行ったわけですね。
そうなんです。お金もないからヒッチハイクまでして。結局死にきれず、樹海を出たそうですが、それを聞いて不思議に思いました。死にたい人がわざわざ樹海に向かうのはなぜだろう、と。それで、実際に樹海を訪れてみることにしました。
――足を踏み入れた印象はいかがでしたか?
富岳風穴というところで車を降りて、そこから徒歩で樹海に入っていくのですが、ずーっと遊歩道が続いている。そこを歩いている分には危険はありません。しかしそこから一歩外れると、まわりは延々と同じ景色が広がっていて、方向感覚がなくなりますね。そして、樹木の根がごつごつと突き出したうえに、薄く苔がはっているので、慎重に歩かないと足が嵌まってしまう。足元に注意しているので、余計に道に迷いやすいのかもしれません。
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