2014.05.23 書評

尼僧の「説く心」に感服した

文: 飯島 勲 (内閣参与・元首相秘書官)

『苦しかったら泣きなさい』(梶妙壽 著)

 政治の世界に浸かって42年。悟るどころか現世の地獄ばかり見てきた、いわば汚れきった私、飯島勲が、なぜ尼僧さまの本を紹介するのか? われながら恐れ多いが、梶妙壽さんのすべてを超越したような澄んだ瞳と、その行動力に感服して以来、及ばずながら応援しているのだ。

 京都の慈受院(じじゅいん)は、室町幕府第4代将軍足利義持の正室日野栄子が、皇室の菩提を弔うために建立された。全国でも数少ない皇室にゆかりある尼門跡(あまもんぜき)寺院のひとつで、別名を「薄雲御所(うすぐもごしょ)」ともいう。

 この由緒ある慈受院に入るまでの梶門跡の人生は、『苦しかったら泣きなさい』にもあるとおり、波乱万丈だ。大阪の家電業界の社長夫人として2人の子を育て、日本舞踊のお師匠さんでもあったが、夫婦の不和や、自身の不倫の恋に悩む。ところが梶さんは恋人とも夫とも別れて、一念発起、仏の道へ。臨済宗大本山天龍寺の平田精耕老師のもと出家して、75歳の今日に至る。

 別にその経歴に恐れ入ったわけではない。もっと泥まみれの人生を歩んできた人間を大勢見てもきた。

 けれど、「仏門に入るならビタ一文渡さない」と言われて慰謝料をもらわず離婚し、出家。これは、なかなかできないよ。欲ずくめの人間ばかりの政治の世界では、こんな「言葉と心と行動が合致した人」は少ない。

 京都の慈受院にうかがって、また驚いた。「拝観謝絶」の看板がかかっているじゃないか。いわば檀家は皇室だけというお寺なのに、観光客の拝観料もなければ、賽銭箱もない。月に1度、生け花と法話の会があるが、ご縁のある少数の人だけだそうだ。だが、そんな小さな尼寺に「悩みを聞いてほしい」と相談が引きも切らないという。

 それは梶門跡の「説(と)く心」と行動力がお寺の外にまで広がっているからだろう。なかでも、刑務所での法話に力を入れられている。きっかけがお寺に入った泥棒、というのはこの本で初めて知ったが。政治家なら刑務所を慰問すれば売名にもなるが、尼僧にとって、受刑者と関わってもメリットはないだろう。しかも篤志面接委員という無償の行為だ。ちょっと人前で話をすればお布施がなんぼという坊さんの世界で、頭が下がる。

 京都では祇園(ぎおん)や先斗町(ぽんとちょう)など花街でパーッと遊ぶのは「三者一坊」つまり医者、学者、役者と坊主だという。まあ、お金を使うのもアベノミクスには大事だが、仏門の方々は、もっと弱い立場の人のことを本気で考えてほしいね。

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苦しかったら泣きなさい
梶 妙壽・著

定価:1,250円+税 発売日:2014年05月15日

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