この本を書いた水丸さんは、もうこの世にいない。この春に、あの世に、旅立ってしまった。水丸さんはこの本の刊行を、ほんとうに楽しみにしていた。「ぼくは、ちいさな城下町を旅して、文章とイラストを雑誌にのせているんだ。できたら贈るよ」。水丸さんから、あのはにかんだ笑顔で何度、そういわれたことか。好物だった日本酒〆張鶴を手に三度も四度も、そういわれた。この本が、水丸さん最後の本になってしまうとは……。言葉もない。
水丸さんが亡くなって、途方に暮れたこの本の担当編集者が、連絡をくれた。「実は、安西先生が生前おっしゃっていたことがあります。刊行したら磯田くんとトークショーとかができたらいいな、と……」。電話口できいている端から、熱いものがこみあげてきた。不覚にも、ポロポロと涙がおちてきた。学生が泣いている私を、不思議そうにみていた。
水丸さんは、このちいさな城下町の旅が楽しくて仕方がなかったらしく、帰ってくると、私を呑みにさそい、見てきた城下町の風物とその歴史物語を、微にいり、細にいり、話して聞かせてくれた。だから、私は水丸さんの旅の内容はみんな知っていて、この本の元になった『オール讀物』の連載を一度も読まずにいた。
水丸さんには城下町めぐりの哲学があった。「ぼくの城下町の好みは10万石以下、そのくらいが一番それらしい雰囲気を残している。それより、大きくなると、趣がなくなってくる」。「城址は縄張り(設計)が楽しみ。石垣や土台だけの城址にたつと、不思議なロマンに包まれて、いい」と、常々いっていた。水丸さんの歴史知識は半端ではなかった。故人だから誉めていうのではない。私は断言する。水丸さんほど日本中の土地土地にのこった歴史を、きめこまやかに、みていた人はいない。
水丸さんがいなくなって、この本だけが残って、手元でひろげてみて、その秘密がわかった。水丸さんは、彼一流のダンディズムから、おくびにも出さなかったが、旅の前後で、城下町について、驚くほどの読書をしておられたのだ。えっ、というような、地方出版の、発行部数も少ないものまで、目を通し、体中で咀嚼したうえで、水丸さんは現地にむかった。そして、あの余人をもってかえがたい超絶の感性で土地の風土を感じ、「水丸史観」をうちたて、ぼくたちに、楽しく語ってきかせてくれている。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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