犬飼さんの新作は“鷹ノ目”と異名を取る“戦国版・賞金稼ぎ”の渡辺条四郎が巻き込まれる事件を描いた全7編からなる連作短篇集だ。
条四郎は手配された咎人を探し出すことによって得られる勧賞で生計をたてる流浪の侍で、弓の名手でもある。
「条四郎のモデルになったのは、子供のころに再放送で観た西部劇ドラマ『拳銃無宿』のスティーブ・マックイーン。ドラマでは短く切ったライフルを使用しているので、オマージュとして条四郎には短弓を持たせました。マックイーンは凄腕だけどユーモラスなところがあって、殺伐としたシーンでも殺伐になりすぎない。またジョン・ウェインやカーク・ダグラスみたいな見るからにタフガイというんじゃないところが好きなんです」
第1話では法隆寺に盗みに入った旧知の男を捕まえようとし、2話目では庄屋を人質にとって立てこもった男と対峙するが、いずれも一筋縄では解決できない。それはこの時代特有の、侍を恐れない農民の存在による部分が大きい。
「当時の農村では、田んぼの水を盗むだけで死罪になったり、逃げれば指名手配されたりもする。そのくらい農民は生きるのに必死だったわけです。だから、そこに飛びこんでいく条四郎も、命がけにならざるを得ません」
条四郎は賞金首を狙って畿内を旅していく。その様はロードムービーのような楽しみがあると同時に、次第に彼自身が経験した過去の事件が明かされ、物語が重層的になっていく。
「旅というのは、ふつう目的地に着くための手段なわけですが、賞金稼ぎは、旅自体が仕事に直結するところがおもしろいと思いました。また、仕事として人や物を探しながら、自分にもひそかに探すものがある、という設定にすることで、話に厚みが出たんじゃないかと思います」
終盤では条四郎が織田信長と石山本願寺の争いにかかわる展開になり、それがきっかけで悲願を果たすチャンスに恵まれる。
「大阪出身なこともあって、石山本願寺をはじめとする、畿内の寺院や僧侶に前から興味がありました。一向宗などは殺生を禁じる立場にもかかわらず、大名と戦える兵力を持ち、信長を倒すために各地で一揆を起こすように指令を出したりもする。作中で登場する、信長側についた紀州の根来寺は鉄砲を作るいわば兵器工場でもあったんです。そうした聖のなかの俗な部分や、必死に生きる民衆のしたたかさが、旅する主人公の背景に描き出せていたらいいなと思います」