- 2013.07.24
- 書評
『クラッシャーズ』解説
文:香山 二三郎 (コラムニスト)
『クラッシャーズ』上・下 (デイナ・ヘインズ 著 芹澤恵 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
おお、これは『クリミナル・マインド』ではないか!
本書の序盤を読んでいてそう思ったのは、主要メンバーがまず現地に飛んでいく過程から描かれているからだ。
『クリミナル・マインド』というのは、二〇〇五年九月からアメリカのCBSで放映が始まった人気TVドラマ(アメリカでは一三年五月まで第八シーズンが放映されていて、第九シーズンの放映も決定済みとか)。副題は「FBI行動分析課」で、その名の通り、全米各地で起きるシリアルキラー(連続殺人者)犯罪等の捜査に当たるユニット“BAU”(Behavioral Analysis Unit)の活躍を描いた警察ものである。
リーダーのFBI特別捜査官アーロン・ホッチナー(トーマス・ギブソン)を始め、主要メンバーは犯罪心理分析の専門官──プロファイラーで、これに渉外担当やコンピュータを駆使するテクニカル分析官等を加えた特別チームが毎回謎めいた犯行を暴き出してみせる。もっとも、犯行はいつどこで起こるかわからない。FBI本部はワシントンDCにほど近い大西洋側のヴァージニア州クワンティコにあるが、太平洋側の街など遠方で起きた場合は公用機で現地に飛んでいく。そこで所轄の警察機関と連携して捜査に臨むのである。
本書が『クリミナル・マインド』と異なるのは、メンバーが最初から本部に詰めてはいないこと、そして相手がシリアルキラーではなく航空事故現場であることだ。
本書『クラッシャーズ 墜落事故調査班』は二〇一〇年、セント・マーティンズ・プレス社から刊行された。著者デイナ・ヘインズのデビュー長篇である。原題は事故を調査するどころか飛行機を押しつぶす人々を意味してるようだけれども、そちらの綴りは“Crushers”。本書の原題はCrashersで、crash は(飛行機が)墜落(する)という意味。それに「~する人、物」を表わす er がつくと「墜落事故調査官」へ、さらに複数形になると「墜落事故調査班」へと転じるわけだ。
物語は、アメリカ・カスケード航空八一八便、ジェット旅客機フェルメール一一一型機がオレゴン州のポートランド国際空港を離陸してロサンゼルスに向かうところから幕を開ける。機長のメーガン・ダンヴァースは女性のアフリカ系アメリカ人で、タフで几帳面なプロとして知られていた。同機にはガムラン・インダストリーズ社が開発した新型のFDR(飛行データ記録装置)も搭載され、飛行には何の危険もないように思われた。だが離陸後間もなく、八一八便はいきなりコントロールが利かなくなって墜落してしまう。たまたま学会でポートランドを訪れていたNTSB(国家運輸安全委員会)の元調査官で病理医のトミー・トムザックはその報道をTVで見て、現場に向かうことに。いっぽうトミーからそれを知らされたNTSBの航空事故主席調査官スーザン・タナカは直ちに現場派遣(ゴー)チームの編成にかかり、キャサリン・“キキ”・デュバルやウォルター・マローニー等のメンバーを招集。皆がオレゴンに向かっている間、トミーは凄惨な現場の保全に努める羽目になる。
実は冒頭部には、被害者や調査官のみならず、八一八便を墜(お)とした犯人やロサンゼルスでアイルランドなまりの怪しい男に銃器を売るダリア・ギブロンという中東系美女も出てきたりするのだが、彼らについては寸描にとどまり、その素性は徐々に明かされていくことになる。前半の読みどころは、あくまでも墜落事故調査班の面々がどのように仕事を進めていくかという点にあるのだ。
当然のことながら、調査に当たるメンバーの顔ぶれが気になるところだが、日本の読者にとって嬉しいのは、まず調査の仕切り役である連絡担当官(リエゾン)のスーザン・タナカが日系人であること。イギリスの懐かしのTVドラマ『おしゃれマル秘探偵(アベンジャーズ)』の女主人公エマ・ピールを髣髴(ほうふつ)させるといわれても今ひとつピンとこないかもしれないが、ドラマでエマを演じたのは『女王陛下の007』でジェイムズ・ボンドの妻となるダイアナ・リグ。ちょっと検索してみれば、どんな感じの女性かイメージはつかめるだろう。女性陣では元海軍大尉、原子力潜水艦で“ソナー屋”をやっていた操縦室音声記録装置の解析担当である体育会系美女(!?)の“キキ”も気になる存在。かつてトミーと男女関係にあったとなればなおさらである。
男性陣のほうでは、二年前ケンタッキーで起きたエアバス機墜落事故で主管調査官を務めながら成果を上げられず、四ヶ月前にNTSBを辞したというそのトミー・トムザックが筆頭。不眠不休で頑張るものの、技術屋ではなく病理医ということもあって、一部のメンバーからは疎んじられがち。逆風の中、再び墜落調査に関わるが、してみると本書は彼の現場復帰譚、再生譚でもあるわけだ。男性の主要メンバーはあと四人。その中では空軍出身のエンジニアでKYな堅物で憎まれ役の韓国系アメリカ人ピーター・キムと爆弾の専門家で元ロンドン警視庁(スコツトランド・ヤード)の主任警部ジョン・ロビーあたりがクセモノだが、それをいいだしたら、メンバー全員、男女を問わず個性派揃いというべきか。
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