志川節子のデビュー作『手のひら、ひらひら』を読んだとき、しまった、と思った。その時点で出版されてからすでに1年以上経っていたからだ。新刊の時期を逃すとなかなか媒体で紹介する機会がない。なぜ出たときすぐに読まなかったのか私。
その後悔をここで雪ぐわけではないが、『手のひら、ひらひら』は吉原を舞台にした連作集である。吉原を描いた小説は多いが、これはちょっと変わっていた。遊女以外の、吉原で働く人々が主人公だったのだ。当たり前の話だが、吉原には遊女以外にも、多くの商人や職人が関わっている。化粧師や髪結い、花木を納品する植木職人もいる。素人娘を一人前の遊女に仕込む専門職もあると知り、驚いた。
この目の付け所は面白い。しかも、職業小説としても人間模様としても読み応えがある。これは次の作品が楽しみだ――と思っていたら、なんと3年待たされた。3年待ってのようやくの新刊が、『春はそこまで 風待ち小路の人々』である。
風待ち小路は、参詣客で賑わう芝神明社にほど近い横町の通称だ。大通りほどではないが、小さな商い店が軒を連ねている。
本書はまず、この風待ち小路にある3つの店の話が連作短編として綴られる。絵双紙屋、生薬屋、洗濯屋――今風に言えば、書店、調剤薬局、クリーニング店だ。
まず、職業小説としての面白さに前のめりになった。
絵双紙屋が舞台になる第1話「冬の芍薬」は自分の経営手腕に自信を持っている父親と、やや頼りない(と父親は思っている)跡取り息子の話だ。仕入れた絵双紙を店に並べる場面で、父親が息子にこんな指示を出す。
「英泉の美人画を『一押し』に、残りを『本日売り出し』に並べておきなさい。平台も吊るしも、いま一度きっちり歪みを整えておくように」
現代の書店とまるで同じだ、と楽しくなった。平台があったり、書店員お勧めコーナーがあったり、本日入荷の新刊台があったりするのだから。その店頭の様子も、何が売れた何が人気だと親子で話す様も手に取るようで、なんだか思いがけないところで親しい友人に出会ったような思いがした。