2015.09.21 書評

写真が写しだす真実。写真が語る物語。朱川湊人の魅力的な短編集。

文: 黒田 有 (メッセンジャー(漫才師))

『サクラ秘密基地』 (朱川湊人 著)

『サクラ秘密基地』 (朱川湊人 著)

 世の中は、便利になった。スマートホンの出現で写真が気軽に撮れる。

 便利なことは、いいことだ。いつもそう思う。

 が……。先日、ファミリーレストランで食事をしていると隣の女子高生がはしゃいでいた。スマホで撮った写真を見せ合いっこしているようだ。

「なんなん! この顔!」

「めっちゃ笑けるやん!」

「削除! 削除! これいらんし! ゴミ箱行きや!」

 店内に響きわたる黄色い声。

 そんなたわいのない会話に、昭和生まれの僕は違和感を覚える。僕らが子供の頃、写真は貴重だった。カメラ自体も高級品だったしフィルムも高かった。おまけに現像代もバカにならない。それだけに写真を撮る時は、みんな、慎重な面持ちで写ろうとしていたし、少々の緊張感もあったりした。

 僕は写真を撮られるのが、昔から好きではない。TVに出たり、舞台に出てるのに……と思われるかもしれないが、動画と画像はまったく、異なる。動画は一連の流れの中で表情を見ることが出来るが、静止画像では、一瞬、一瞬を切り取ってしまう。特に、デジタル化した昨今では、撮った写真を前出の女子高生のように、気軽に“削除”してしまえる。

 笑顔と笑顔の間の一瞬の写真を出してしまえば、もうその笑顔は死んでしまうのである。現代のように、現像代がいらないとなれば、連写をしてしまうのも当り前だし、悪意をもってやればその人の心にない怒った顔や困った顔をことさら選んで週刊誌に載せるのも可能なはずだ。

 写真における僕たちの思い入れと若者たちとの感覚は、少々重みが違ってきている。我々の時代は写真を撮るということは、なにかの集まりや行事など、特別の日にわざわざ“撮った”ものだった。

 今は、まるでお茶を飲むように写真を撮っている。便利さが故のことだろう。

 だが、そこには想い出はあっても、“重み”や“感情”が希薄になってる感じがする。

 朱川湊人の『サクラ秘密基地』。

 この本は、六話の短編集だ。

 すべての物語を“写真”というキーワードで綴っている。

 小説の楽しみ方は二種類に分けられる(僕が勝手に思っていることだが……)。

 一つは、その物語をまるで映像を見ているようにして楽しむ小説。ミステリーやサスペンス、あるいはSFなんかもその類ではないだろうか。

 サスペンスやミステリーは“殺人”がキーワードになることが多い。その中に溶け込もうとしても、“殺人”の経験がある人は稀であろう。もし経験があるとしたら、サスペンスやミステリーは、もう読まないで欲しい。SFものに溶け込むのはもっと難しいと思う。それらの小説は、頭の中で“映像化”して、ドキドキしながら、物語の結末を楽しむ。それが醍醐味だと思う。

 反対にもう一つ、その物語に溶け込んでしまう小説もある。ヒューマンドラマや恋愛ものといった類であろう。小説の中にある、たった一行の文章に感動して自分を振り返ったり、作者の巧みな描写に心を打たれ、喜怒哀楽を感じて頭の中で感動を覚えたりする。

 朱川作品は、どうか?

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サクラ秘密基地
朱川湊人・著

定価:本体670円+税 発売日:2015年09月02日

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