2005.04.20 インタビュー・対談

ノスタルジックな子供の世界

聞き手: 「本の話」編集部

『花まんま』 (朱川湊人 著)

――収録した六篇の作品いずれも、大阪の路地裏を舞台にしていますが、特に意図したことはあったのでしょうか。

朱川 まず自分が大阪出身ということがあります。でも小学校に上がる前に東京に来てしまったので、中途半端なんですよ。ですから、大阪人の濃いところを自分が受け継いでいるのかどうか、いつも疑問としてあるんです。僕のイメージする大阪は、下町のごちゃっとした、それこそ「送りん婆」の冒頭に出てくるようなのなんです。大阪に対して僕自身ノスタルジックな思いがある。この本はノスタルジックなものにしたかったので、自分がそれを籠めて書けるのは大阪だな、と。そういう気持ちで書きました。

――より効果が出た、あるいはここは難しかった、というところはありますか。

朱川 大阪弁は使い過ぎると、どうしても軽い感じになってしまう。大阪弁そのものがすごくエネルギーがあって、世界を引っ張ってしまうんです。たとえば、「摩訶不思議」ではかなり意識的に大阪弁を使ったんですが、そうすると、放っておいてもスピード感が出る。短い言葉をちょこっと使うだけでも不思議な味わいがあって、明るいことも寂しいことも両方表現できる言語だなと思います。

――ほかに、気を遣って書かれたところは。

朱川 子供の世界に焦点を絞りました。この本を読んで、子供の頃にそういう不思議な記憶があったな、という気持ちになってもらえれば。それは大人になってみると科学的に証明できることかもしれないけれど、子供にしか分からない世界があって、その中でちょっと不思議なことがあったり、そういうことに僕自身、すごく惹かれるんですよね。

――前作の『都市伝説セピア』(文藝春秋刊)でもノスタルジー、あるいは子供の世界を描かれていましたよね。

朱川 ええ。まず、僕にとって過去形で書くことは書きやすいということがある。自分のスタイルに合っているんです。そして、不思議なもので、先ほども言った、大人になってみると全然たいしたものではないのに、子供のときにはすごく変わったものに見えたり、理屈で考えると絶対に合わないのに、確かにこういうことがあったということが、ノスタルジーの世界だと、何と言うか、全部OKになる。時間の魔術じゃないけど、あの頃ならそんなこともあったかな、というふうに。

――あと、テーマということで言うと、どの作品も人の生と死、特に死というものを考えさせられるように思いました。

朱川 それは高校生の頃からずっと関心を持ち続けています。死んだらどうなるかというのは、死んでみたら一番早いんですけど(笑)、分かったときには伝えられない。人間は結局、誰だって死ななければならない。その運命にどう抗うか、どう折り合いを付けていくのか、というのは僕の中にずっとあります。個人が死ぬということをどうにか越えたいという気持ちがあって、もしかするとそれは越えられるのかもしれない。それこそ生まれ変わるという可能性もあると思いますし。

――各作品にそういう思いが投影されているわけですね。

朱川 そうですね。というか、立脚点がまずそこなんです。人の生き死にというのがあって、そうなると生き様というのも関係してきますよね。使い古された言い方かもしれないけど、満足に死ぬためにはどう生きればいいのか、ということがいつも頭から離れないんです。

 あと今回、これは意識したわけではないですけど、全部異端者の人たちの話になっているんですよね。世界の隅っこに押しやられた人たちの物語です。冒頭の「トカビの夜」には朝鮮半島出身者が出てきますよね。時代が無知だったせいもあるんでしょうけど、子供にそういうことを吹き込む悪い大人がいたわけですよ、昔は。「凍蝶(いてちょう)」でも書きましたが、せっかく一回の人生を持って生まれてきたのに、スタート地点が普通の人よりもずっと後ろに設定されているなんて気の毒じゃないですか。そういう人たちにもっと目を向けたいという気持ちが僕の中にあるのかな。

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花まんま
朱川湊人・著

定価:本体543円+税 発売日:2008年04月10日

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