- 2014.09.12
- 書評
科学ジャーナリストが描き出す
少年王の「死後の奇妙な物語」
文:木村 博江 (翻訳家)
『ツタンカーメン 死後の奇妙な物語』 (ジョー・マーチャント 著/木村博江 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
「静かで穏やかな、若者の顔立ち……洗練と教養を感じさせ、よく整っており、とくに唇の線はくっきりしている」
それが、ツタンカーメンのミイラとはじめて対面したときのハワード・カーターの印象だった。ミイラを直接調べた解剖学者ダグラス・デリーが、死亡年齢を18歳と推定した古代エジプトの王ツタンカーメン。その名を知らない人はまずいないほど有名なこの少年王は、1922年に発見されてから現在まで、90年のあいだ時代とともに変貌を遂げ、死後においても数奇な運命をたどり続けた。科学者たちの多岐にわたる研究対象になっただけではなく、宗教、政治、エンタテイメントの世界にいたるまで、人びとが自分の夢を彼に重ねたのだ。
そしてその実像については、強くたくましい勇者という説から、近親結婚で生まれた女性的な虚弱者という説、あるいは彼こそイエス・キリストだったという説までが飛び出し、死因についても足の骨折、病気、暗殺された、カバに襲われた、戦車から転落したなどの説がつぎつぎに生まれた。2500年にわたって続いたエジプト王朝の中で、なぜツタンカーメンは時代を超えて人びとの注目の的となり、抜きんでた人気を集めてきたのか。その道程を多彩なデータとともにたどったのが、本書『ツタンカーメン 死後の奇妙な物語』である。
エジプトがほかの古代遺跡にくらべて異色なのは、古代人がミイラとしてまだそこに残っていたことだった。科学者たちにとって、これほど貴重な素材はない。ツタンカーメンの体は初期のころのX線写真調査から、CTスキャンやDNA鑑定にいたるまで、そのときどきの最先端技術による調査の対象となった。王はそのたびごとに姿を変えて、人びとの前に現れた。その「死後の奇妙な物語」が、本書ではみずからも科学者である著者の冷静で明晰な目を通して、克明に綴られている。登場する学者は100人におよび、分野は考古学、エジプト学はもちろん、遺伝学、人類学、放射線学、解剖学、化学、物理学、病理学、医学(外科、歯科、産科、放射線科)、歴史学、神学などきわめて幅が広い。
ツタンカーメンと言えば日本でもおなじみの、エジプトの考古局長ザヒ・ハワスも当然ながら登場する。ハワスはCTスキャンやDNA調査を大胆におこない、その場面をディスカバリー・チャンネルのクルーに撮影させ世界に発信した。そして世界各地を巡回するツタンカーメン展は、その華やかな演出と入場者数の多さで古代遺物の展覧会のイメージを一変させた。科学の世界にかぎらず政治経済の世界においても、ツタンカーメンは影響力をもつ重要な存在になった。いずれの場面でも「背景や文化の異なる人びとが、みずからの信仰や欲望をそこに投影した」のだ。
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