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〈特集〉桐野夏生の衝撃<br />私の好きな男

〈特集〉桐野夏生の衝撃
私の好きな男

文:桐野 夏生 (作家)

出典 : #本の話
ジャンル : #随筆・エッセイ

〈特集〉桐野夏生の衝撃
〈インタビュー〉強い虚構性は現実と拮抗しうる 桐野夏生
桐野夏生の「小説=世界」のマニフェスト 佐々木敦
・私の好きな男 桐野夏生
キューバ旅行同行記 大沼貴之
桐野夏生 著作年譜

1 五十代になって考えること

 酸いも甘いも噛み分けた、という言葉があります。人生五十年にしてようやく、そういう境地に達しかけているとはいえ、私には、どうしてもわからないことがありました。「なぜ女と男は違うのか、そして、なぜその溝を埋められないのか」ということです。

 小説では、いろいろな人物の、様々な感情を書かなくてはならないのですが、女である私には、男がわからなかった。デビュー当時は、自分の理想の男性像を書いていました。しかし、当の男の人たちからは、今ひとつ受けが良くない。

 例えば、男性作家が、女の人を書くにあたり、自分の理想を書いたとします。美しく控えめなのに芯は強く、昼間は薄化粧できびきびと働くが、夜は妖艶な女に変身する。そんな女いる訳ない、と思います。私も同じことをしていたのです。

 だとすれば、互いに相手の正しい姿を見据えなくてはいけない。差異を認め、認識しなければ、小説世界は深くならない、と非常に生真面目な作家である私は、考える訳です。

2 斎藤環氏の答え「所有と関係」

 先日、精神科医の斎藤環氏と対談をしたのですが、斎藤氏は、男は「所有」、女は「関係」を求める、というのです。私は、鍵を見つけて扉を開けた、という気がしました。斎藤氏の見方で文学を繙(ひもと)くと、実に色々なことが見えてきます。

 男は所有を求める。性関係の場合、勿論、それはセックスです。一方、女は関係を求める。恋愛をして性関係を持った以上、二人の関係はいつも濃密で変わらぬ愛情を誓い合わなくてはならない、と考える。

 セックスをする、ということは、女にとって一過性にはなかなかなりえない。仮に、愛情などなくてもよい、と豪語して、一夜限りの性関係を持つのが好きな女性がいたとしたら、彼女は何のためにそんなことをするのでしょうか。虚しさにいつまで堪えられるのでしょうか。

『グロテスク』という小説は、この問いに対する私のひとつの答えとして書かれました。いくらお金のための性交と割り切ったとて、女は精神のどこかが綻びていくのです。女は「関係」を求めているからです。

 一方、物を蒐集する、というのは男性性の表れだそうです。CD、古本、ナイフ、眼鏡、文庫の栞(しおり)。蒐集家の中に、女性はあまりいません。男の「所有欲」は、競争原理にもなります。所有の数を競うわけですから、より多くの女と性関係を持つ者が一番偉いことになります。

 名誉欲も出世欲も同じです。地位や栄誉の「所有欲」なのです。だから、男はすぐに他人との差異を付けたがる。俺は部長で奴は課長だから、俺の方が偉い。

 私は、どうして男という動物は、あれほど権威主義的なのだろうかと不思議でならなかったのですが、「所有欲」の表れなのだとやっとわかりました。

 対して女は「関係」を重んじますから、数ではなく質になる。どれだけ自分が愛されているか、という深さが問題になります。従って、女は浮気した男を許さず、男にはそれが理解できない。

 この「男と女の所有と関係」というテーマに関しまして、二人の男性作家をご紹介したいと思います。

 伊藤整と谷崎潤一郎です。

【次ページ】3 伊藤整『氾濫』

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