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「生きるのがしんどい人びと」に贈る幸福論

「生きるのがしんどい人びと」に贈る幸福論

文:山内 昌之 ,文:片山 杜秀 ,文:浜崎 洋介

『無名の人生』 (渡辺京二 著)

出典 : #文藝春秋

文藝春秋 750円+税

浜崎 『逝きし世の面影』や『北一輝』などの著作で知られる評論家・渡辺京二氏が、新書という短さながら、これまでの成果とともに、人生論や世界観を凝縮して語りおろした1冊です。いわば渡辺京二のバラエティブックと呼ぶべき本です。

片山 学生の頃に読んだ渡辺京二といえば、反近代主義、コミューン主義の旗手で、強烈な戦闘性のある思想家という印象でしたが、この本は瀬戸内寂聴さんの説法のような分かりやすさですね。飄々とした語り口で、「性は男女をつなぐ基本」だから、「原発を云々する前に、セックスをやめてしまえば、人類は滅亡する」なんて言われると、こんなに達観したのかと驚きました(笑)。

浜崎 さすがだと思うのは、著者は、社会に言い訳するなというんですね。オーストリアの思想家イバン・イリイチを引き合いに、国家のケアへの依存が人間の自主性を喪わせているのだと言う。たとえば、地域共同体、著者のいう「共同コミューン」が崩壊して出来た隙間に、行政や国家が入り込んで、そこを福祉政策で埋めていく。人間は本来、他者との共生や福祉のために自生的に地域共同体を維持する能力を備えているのに、個人の意思を超えてケアが提供されると、どんどん自立性が失われていく。一度ケアに依存してしまうと、病院に通えないと不安なように、より国家のケアを望むようになるという悪循環に陥る。この悪循環を断ち切るには、やはり社会改革だけではダメなんです。どこかで個人の覚悟が必要になる。その意味では、「社会が悪い」と語りがちな若者に読んでもらいたい本ですね。

在野の「読書家」

山内 現代において、理想とされる自立と共生の仕組みは、もともと長屋の住民の互助組織のように江戸時代までは存在していたともいえる。本書の4章「幸せだった江戸の人びと」は、『逝きし世の面影』のダイジェスト版で、江戸時代から明治初年の日本人が貧しくても幸せだったことを、彼らを観察した外国人の視点から叙述します。実は、江戸時代の見直しを行った比較文化の研究者は過去にもいて、著者がまったく新しいことを発見したわけではない。著者のすごさは、他者によって日本語訳された刊本を基本史料の軸にして立論されたものを研究とは認めないという学界の窮屈な了解事項にとらわれず、自分の論理と分析力を駆使したこと。あくまで常識的に読んだこと。そして、戦後のマルクス主義歴史学によって封建制の悲惨さが強調された江戸時代を偏見なしに理解したことなんですね。

浜崎 著者に肩書をつけるとしたら、私は「読書家」だと思うんです。独学者といってもいい。知的なものに興味があって、頭を使って考えることが好きで、在野で読書をし、その延長線上で書く。その際、テクスト以外の資料を基本必要としない。有名なのは、宮崎滔天の全集4冊だけを徹底的に読み込んで書いた評伝『宮崎滔天』でしょう。これは、著者が尊敬する吉本隆明が、やはり丸山眞男の著書4冊だけから丸山を論じ尽したのに似ていますね。

山内 定収入のある組織や仲間のいるギルド的世界から離れて、個人が自立して考え抜き生きることがいかに大変かを、生涯身をもって追求し続けた吉本を彷彿とさせます。

浜崎 学問の道に進まない学生にとっても、あるいは就職できなかったり、引きこもりの若者にとっても、非常に勇気づけられる本だと思います。身の丈にあった尺度で居場所を自ら見つけ、あるいは創り出して欲しいというのですね。人の幸福は様々ですが、「どんな異性に出会ったか、どんな友に出会ったか、どんな仲間とメシを食ってきたか、これに尽くされる」と著者は言う。あるがまま受け入れれば、無理な背伸びをせず、焦らずにすむと。当たり前過ぎることではありますが。

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