2015.02.02 書評

科学史に残るスキャンダルに迫る

文: 緑 慎也

『捏造の科学者 STAP細胞事件』 (須田桃子 著)

すだももこ/1975年千葉県生まれ。毎日新聞科学環境部記者。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了(物理学専攻)後、2001年4月毎日新聞社に入社。生殖補助医療や生命科学、ノーベル賞などの取材を担当。iPS細胞についても開発当初から継続的に取材を重ねてきた。 文藝春秋 1600円+税

 記者会見で「毎日新聞の須田です」の声が聞こえると期待が高まった。理研幹部やSTAP問題の調査委員たちに投げかけられる須田さんの問いがいつも鋭く、本質を突いていたからだ。回答する側も、須田さんが質問するときには特に顔が引き締まって見えた。

 そのわけが本書を読んでよくわかった。須田さんの取材の積み重ねが、他の科学ジャーナリストを圧倒していたからだ。STAP論文の疑惑が発覚して、私も学生時代以来のあらゆるツテを使って理研の内部事情を知る研究者にアクセスを試みた。しかし、理研に口止めされていたらしく、ほとんど空振りに終わった。

 それだけに須田さんが多くの関係者から貴重な証言を引き出していたことを本書で知って敬服するとともに、嫉妬も感じないわけにはいかなかった。

「理研の後手に回った対応や隠蔽体質が、生命科学や理研、CDBに対する社会の信頼に、取り返しのつかない損害を与え、このままでは、自分たちの研究環境すら危うくなりかねない。そんな危機感を抱いている研究者が少なからずいるからこそ、メディアに情報提供する人が現れるのだ」と須田さんは書いている。だが、長年、再生医学研究の最前線を追い、科学の未来を真剣に考える彼女ならわかってくれると考えたから、きっと関係者たちはリスクを承知で重い口を開いたのだ。「ネイチャー」に掲載される前に三回も拒否された小保方晴子氏らの論文と、それを審査した研究者たちのコメントを含む大量の資料、小保方研に残された試料のリストを入手してスクープできたのも、地道な取材活動で築かれた人脈が活かされたことによるのだろう。特に小保方氏を「囲い込んだ」とされる、この問題のキーマン、笹井芳樹氏との苦渋に満ちたメールのやりとりは本書の白眉。

 疑惑の発覚から研究不正の認定と笹井氏の自殺までの報道を順に解説した本書は、混乱しがちだった頭の整理に役立った。誠実に真相究明につくす研究者がいる一方、報道するなと圧力をかけ、ミスリードを招こうとするかのような発言をした人もいたことが、この騒動をわかりにくくさせた一因だと気付かされた。

 昨年末に、外部調査委員会によってSTAP細胞やSTAP幹細胞が実は既存の万能細胞であるES細胞に過ぎなかったと報告された。誰がどのようにES細胞を混入したのかまで明らかにされなかったのは残念だが、本書に見られる須田さんらの厳しい追及がなければもっと早く幕引きが図られたはずだ。科学ジャーナリズムの役割は小さくない。