2018.04.23 書評

生きることの真実を突きつけられる 読むほどに力が湧いてくる、比類なき作品世界

文: 森 絵都 (作家)

『真夏の犬』(宮本輝 著)

『真夏の犬』(宮本輝 著)

 小窓の多い時代になったものだと思う。フェイスブック。ブログ。インスタグラム。個々の多様な発信によって、私たちは一所にいながらにして無数のきらきらした日常を窺うことができる。明るく楽しげでポジティブな人々の営み。それは決して悪いことではない。見ているこちらも明るい気持ちになる。けれど、自意識という名の枠が絶えずつきまとうその小窓は、時としてあまりに眩しすぎやしないだろうか。私たちの日常は本当にそんなに明るいのだろうか。それほど毎日楽しいのだろうか。格好悪いこと、醜いこと、後ろ暗いことを透かさない小窓は、私たちに未体験の楽しみを教えてくれても、ひと皮剥けば泥沼の人生に立ちむかう力は与えてくれない。

 だから、私は宮本輝の小説を読む。冷風も温風もがんがん吹きこむ巨大な窓のような、清も濁もなみなみ湛えた底なし沼みたいな、比類なきその作品世界にときどき無性に浸かりたくなる。そこには何も気取っていない剥きだしの人間たちがいて、生きることの苦しみが容赦なしに焼きつけられ、きらきらしたハッピーエンドなど一つも存在しないのに、なぜだか読むほどに力が湧いてくる。作中人物たちの生々しい人生の重さに、自分の中で眠らせていた生命力をどつかれるような感覚。他者の営みの中に私たちが探し求めているのは、生きることの真実、ただそれだけではないだろうか。



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