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死者に寄り添い、その言葉に耳を澄ますということ

死者に寄り添い、その言葉に耳を澄ますということ

文:平松洋子 (エッセイスト)

『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』(堀川惠子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』(堀川惠子 著)

 本書でつまびらかにされる佐伯敏子さんの修羅の人生。戦後七十年の歳月から丁寧に掬い上げられてゆく知られざる事実の数々。この原爆供養塔にも、存続の背景には人々の辛苦が秘められていた。縷々語られる事実は、打ちのめされるほかない凄まじさである。いっぽう、目をそらさず、こうして読む行為そのものが死者に向き合い、寄り添い、考えることでもあるという思いがしだいに湧き上がってくる。なぜか。それは、一言一句が著者が自身に課した覚悟と厳しさによって貫かれているからだ。

 掘り起こされる事実のあらゆる細部に、堀川惠子そのひとが遍在している。ジャーナリストの執念や誠実を超えた、人間としての生き方が事実の毛細血管のすみずみに血を通わせているのである。だから、読む者を突き動かす。ノンフィクション作品に真に胸を打たれるのは、記された事実や記録の凄みによってだけではなく、それらを通じて書き手の人格の深部に触れるときだ。

 著者が佐伯さんの行方を探したのは二〇一三年が明けた頃、とある。九年前、著者は広島のテレビ局の報道部デスクとして、似島で行われた遺骨発掘作業の取材を最後の現場にしようと考え、しかし割り切れない思いを抱きつつ広島を去った。その心の揺れを、著者は、病に倒れたのち老人保健施設で暮らす佐伯さんに打ち明ける。いまなお似島で目にした遺骨が気にかかるのは、これまで自分が死者の存在について深く考えていなかったからではないか、と。告白を受けた佐伯さんは、示唆をあたえる。

文春文庫
原爆供養塔
忘れられた遺骨の70年
堀川惠子

定価:990円(税込)発売日:2018年07月10日

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