- 2019.07.02
- 書評
アラフォーのねじれたヒロイン像が新鮮! 重めのドロドロ系小説の入門編
文:東村アキコ (漫画家)
『ペット・ショップ・ストーリー』(林真理子 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
子供のころエミちゃんという「敵」がいた。可愛くて仲もいいから、毎日家に遊びに行き、いつも喧嘩をして帰ってきた。お互いにライバル視して、どこかで憎みあってもいた。だから、『帰郷』の絵里果と松子の関係がよくわかる。田舎では子供のときの力関係は意外と尾を引くものだ。大学生で都会に出て、そのまま幸せに暮らせたらいいが、仕事がなかったり家庭の事情で郷里に戻る人もいる。それは東京に出て行くのと同じくらい、人生の一大イベントなのだ。
都会の暮らしに疲れて、すべてを捨てて郷里に帰ったら、あの顔も見たくない松子が子供を連れて自分より少し早く出戻っていた。それでも自宅で始めた仕事は軌道に乗り、なんとか平穏な暮らしを取り戻したところに、不倫相手のクズ男から電話がかかり……。松子の娘を川で遊ばせるラストがホラー風味でゾクゾクする。この短篇集の登場人物には誰も幸せそうな人がいない。
『雪の音』は時代背景もカラーも違う異色作だ。戦争中に嫁を兵隊に差し出したという話は聞いたことがあるが、戦争未亡人の兄嫁に自分の夫を貸すという設定はさらにショッキングだ。性欲を抑えかねて悶々とする兄嫁の描写が生々しいが、一度夫を貸したら今度は自分が悶々とすることに。それでも家の稼ぎ手は兄嫁ひとりだから我慢するしかない。ギリギリの選択だが、ひと昔前の閉鎖的な農村では赤の他人より身内のほうがまだまし、という考え方があったのだと思う。最後に驚愕の事実が明かされるまで、物語は過去と現在が交錯する。連ドラにしたら十一話分はありそうだ。それを二十ページの短篇に収めてしまうとは、なんて贅沢なことだろう。
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