昭和、平成、令和――時を超え、託された真相のために男は走る。初の大河小説を書き上げたいま思うこと

作家の書き出し

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昭和、平成、令和――時を超え、託された真相のために男は走る。初の大河小説を書き上げたいま思うこと

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

呉勝浩インタビュー

 太宰たちは1号で挫折しているけれど、世の中にはその1号すら出せない人のほうがはるかに多いじゃないですか。『おれたちの歌をうたえ』の主人公たちもそうなんです。そうやって、たまたま調べたものたちがどんどん繋がっていったときに、あ、これはいけるかなという感触を抱きました。

――本作の主人公、河辺はどういう人物をイメージしていたのですか。

 ある程度、正義感のある人間で、立ち位置としては5人戦隊のレッド。同時に、ある種の暴力衝動を抱えている。言語化するとすごく陳腐になるけれど、そんなイメージから始まりました。暴力衝動って正義の裏側にあるものというか、必ず同居せざるをえないものという感覚があって。彼に関しては、そういう危うい自分を律するための正義という部分もあるのかなと。自分はたぶん、そのバランスに興味があるんです。彼の中には昭和52年なら52年、平成11年なら11年なりの正義みたいなものがあり、それが、その時代ごとの苦悩にも繋がっている。

――河辺にかつての仲間、佐登志の死を知らせてきたのは茂田というチンピラの若者です。河辺と茂田は一緒にいろいろ調べ始めることになりますが、河辺は彼に指図しつつ、どこか彼のことを気にかけていますよね。物語の中で、茂田も重要な存在です。

 それは、どうやって『テロリストのパラソル』を脱却するかという問題に大きく関わっています。ノスタルジーで終わったらいかんだろう、という気持ちが強烈にあった。それはそういう歴史を自分自身で経験し抱えている方が書くべきであって、僕がさもノスタルジーを分かったようなふりをして書くのであったら、やらないほうがいいでしょう。僕が書くのであれば、大人になった男が過去を振り返って「あの頃はよかったぜ」と終わらせるのでなく、未来にどう繋げるかというところを入れないと意味がない。それで若い世代を出しました。

 これは口幅ったい話になるけれど、この作品には、「先行世代からの継承」というテーマがはっきりあるんです。5人組には、キョージュなりセイさんという青年なりから受け継いだものがあるし。それは必ずしもいいこととは限らなくて、負の継承の場合もある。でも、その繋がりこそが歴史だということに向き合いたかった。だから茂田という存在を書かないと、と思いました。その茂田が、河辺との関係を経てどう変わっていけるか。

 僕は今回これを書いて、ある意味で自分は保守的な人間だったんだなと気づきました。世代を繋いでいくということに対して、わりとポジティブなイメージを持っていたんです。このあたりが、葉真中顕との決定的な違いかも(笑)。

――呉さんに取材すると必ず葉真中さんの話が出てきて、葉真中さんに取材すると必ず呉さんの話が出てくるんですが(笑)。

 彼とは三日三晩くらい、話せると思う。たぶん四日目には殺し合っているけど(笑)。彼も僕も社会のこととか考えちゃうタチで、それをどうエンタメにしていくかは、お互いすごく悩んでいるんじゃないかと思う。葉真中さんはあんまり手の内を明かしてくれないんで、そういう話はしないですけれど。でも、僕も最近結構悩んでいます。ポリコレ的なものにとらわれ過ぎているんじゃないかと自分を疑うこともあるし、逆に、気持ちよく書いているつもりで無意識の差別をばら撒いていないかと心配にもなる。もしも作品の強度とバッティングしたらどうするか。その選択や工夫も、作家性を示す指針になるのかもしれません。

――今回、いろんな時代背景が入り込みますが、それが説明くさくなくて読みやすかったです。そこがすごいなと思いました。

 おっ、そうですか。ついつい分からないのではと不安になって説明し過ぎてしまうほうなので、結構気をつけたんです。僕は三人称であっても視点人物の心情に寄り添った、一人称に限りなく近い書き方をしていて、地の文も全部、一応登場人物の言葉にしたいと思っている。だから、説明くさくなっていないとしたら、本当に嬉しいですね。

――長い時間の話だからこそ、それぞれの時代に左右されながら生きる人の姿が見えてくる作品になりましたね。

 奇抜な展開や奇想天外な設定がある話ではないし、本格ミステリーをやりたいわけでもなかった。じゃどうやって読者に読み進めてもらうんだ、となると、結局は“人”なのかなと。キャラクターが背負ってきたものや、感情とか、そういうものを描かなくてはならん、とこれまで以上に考えました。

 今回は気づいたら長い話になってしまって、その点でもプレッシャーが強かったんですよ。前作『スワン』だって700枚くらいだったのに、これは1000枚超えてしまったので。

 飽きずに次のページに進んでもらえるようにしなきゃいけないところと、ここは絶対説明するべきという部分を、どういう塩梅でこなしていくのかも課題でした。でも、そのへんは今まで書いてきたことの蓄積が多少は生かされたのかなという気がします。うまくいってたらですよ。うまくいってなかったらごめんなさい(笑)。

おれたちの歌をうたえ呉勝浩

定価:2,200円(税込)発売日:2021年02月10日

別冊文藝春秋 電子版36号 (2021年3月号)文藝春秋・編

発売日:2021年02月19日