- 2021.03.04
- インタビュー・対談
日露戦争でロシアが勝利した世界を描く「改変歴史SF」――『帝国の弔砲』(佐々木 譲)
「オール讀物」編集部
Book Talk/最新作を語る
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
誰も書いたことのない物語を
一昨年『抵抗都市』(集英社)で、史実と異なる歴史が展開される"改変歴史SF"小説に初挑戦。「そのままでも魅力的な歴史事象を少し変えることで、さらに面白いものにできる。一作書き終えたことで、読者に受け入れられる改変の度合いがわかってきました」と語る佐々木さんが今回選んだのは、一八〇〇年代後半にロシアで生まれ、日露戦争でロシアが勝利するという、改変された世界に生きる登志矢の物語だった。
「現実では日本は第二次世界大戦で負けたことで欧米の文化が入り込み、生活が大きく変わったわけですが、仮に日露戦争で負けていたら、同じことが起こっていたでしょう。登志矢の両親は開拓農民として日本からロシアに渡ったという設定ですが、現地での生活の描写は北海道開拓の話を参考にしています。北海道出身の私にとって、開拓のエピソードは祖父世代が普段から話していたり、学校の教科書に出てくるくらい身近なものなんです」
日露戦争時は敵国民として収容所に入れられる登志矢だが、第一次世界大戦を思わせる戦争では、ロシア帝国民の一人として従軍する。前線で過酷な日々をすごす中、ある秘密作戦で重要な役割を果たし、英雄的に扱われる。映像が間近に浮かんでくるような迫力ある戦闘シーンの描写は、冒険小説の名手としての腕が存分に発揮されている。
「戦争映画を数多く見た経験が役に立ったのかもしれません。第一次世界大戦では塹壕戦がメイン。この戦い方はすでに時代遅れだったのですが、当時の将軍たちは十九世紀の戦争の戦い方から脱却できなかった。戦闘が悲惨であるからこそ読者には主人公が活躍、成長して痛快になるエピソードを提示したいと思い、登志矢が参加する作戦を想像で作りました。その場面で登場する屋敷は、オーストリア=ハンガリー帝国のフランツ・フェルディナント大公のコノピシュチェ城の見学体験をもとにするなど、フィクションとはいえ実際に作戦として成立するようにしています」
その後、ロシアは革命によってソビエトへと変わっていく。登志矢はさらなる歴史の濁流に飲み込まれ、北の大地から離れることに。
「プロローグでは時代が進んだ第二次大戦直前の世界を描いているのですが、最後まで読むとタイトルの真の意味が浮かび上がってきます。この時代のロシアと日本の大きな物語を書いたエンターテインメント作品はたぶんあまりないですよね」
ささきじょう 一九五〇年生まれ。七九年「鉄騎兵、跳んだ」でオール讀物新人賞を受賞してデビュー。二〇一〇年『廃墟に乞う』で直木賞を受賞。著書多数。