第三として、「諸聖人の通功」(聖徒の交わり)というミサで唱える重要な教理があり、マリアを頂に聖人たちがいつも生者と共に働く、「通功」していると信じるカトリックの信仰が若松氏の意識の根底にある点である。生者は死者の助けを借り死者と協同して、可視的世界と不可視な世界との融合を実現し、そこに愛を顕現させることが、カトリックの本来の世界であると吉満義彦が強調していることを、若松氏は『吉満義彦 詩と天使の形而上学』で語っている。若松氏が母と通ったカトリック糸魚川教会はアッシジの聖フランシスコが保護者の教会で、若松氏の洗礼名はフランシスコ会の聖人パドヴァの聖アントニオである。愛の聖人としてその言葉が人々を惹きつけ、その舌は聖遺物になっている。少年の時より若松氏がこうした聖人の保護を意識する体験もあったろう。また、若松氏が最愛の恵子夫人の帰天によって死者との協同という体験をより確かなものにされたことは随筆の中で語られている。その若松氏の悲しみに寄り添い、夫人の臨終に立ち会い、葬儀を行ったのは、井上神父の「風の家」に若松氏と共に集った若者の一人で、その志を継いで司祭となった伊藤幸史神父だが、現在、若松氏の信仰の原点のカトリック糸魚川教会の主任司祭を務め、「若松英輔記念室」そして「信州 風の家」の創設にむけて準備を進めている。
若松氏の多彩な著作の根幹にある、生きている死者との協同という死者論は現代人には新鮮に受け取られているが、氏にとっては観念ではなく、魂の真実ゆえに、同質の体験をもつ文学者の作品には鋭敏に共振し、その世界を描き出さずにはいられないのだろう。その体験を意識化させ批評に向かわせたのが吉満を師とする批評家越知であった。
ところで、この大著を手にして読み始めたのは、ちょうど私が副代表を務める遠藤周作学会編の『遠藤周作事典』の執筆依頼を始める時で、事典の「小林秀雄」の項目はどうしても若松氏に執筆いただきたいとの思いが募ってお願いし、小林と遠藤の交わりの軌跡を五点までも言及した貴重な原稿をいただいた。その事典も五年をかけ、この四月に刊行の運びとなった。
思えば、遠藤と若松氏は同じ慶応大学仏文科で、両者とも在学中に自らの文学の原点となる批評を発表し、遠藤は「文學界」の編集長から長篇掲載の場を与えられたことを契機に前半期の代表作『海と毒薬』を書き、それが単行本化されると、二つの文学賞を受賞し、戦後文学の代表的一冊になる。若松氏の本作も「文學界」の編集長から連載の場を与えられ、単行本化されると、角川財団学芸賞、蓮如賞を受賞し、批評家としての若松氏の主著となった。戦後の日本文学の批評史に刻まれる一冊になることだろう。
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