小さな白骨が呼び覚ます、幼き日の罪と友情。集大成にして新たな代表作『琥珀の夏』にかける思い

作家の書き出し

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小さな白骨が呼び覚ます、幼き日の罪と友情。集大成にして新たな代表作『琥珀の夏』にかける思い

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

辻村深月インタビュー

子ども時代を経て大人になるまでの過程を書いてみたかった

――2年ぶりの新作長篇『琥珀の夏』、大変読み応えがありました。2019年の3月から2021年の1月まで、新聞に順次掲載されたものですね。

辻村 毎年「今年はもうちょっと仕事を絞ろう」と思うのに、結局何かに追われている状態になっていたんです。でも、昨年はたまたま新刊がなかったこともあり、今回ひさしぶりに一作に集中して書けた気がします。連載中は一章書いたらまとめて提出という流れだったので、すごく濃密に執筆できました。

――プロローグは弁護士の近藤法子が、〈ミライの学校〉という施設の跡地から見つかった女児の白骨死体について調査を進めるシーンから始まります。第1章は30年前に遡り、〈ミライの学校〉で暮らす少女ミカの視点で日常が語られる。第2章は夏休みの短期合宿でやってきて、同い年のミカと仲良くなるノリコという小学生の視点から綴られます。ノリコとはもちろん法子のことで、物語の後半は大人になった法子の話になっていく。

辻村 ひとが子ども時代を経て大人になるまでの過程を一度書いてみたかったんです。これまでの私の小説は、大人向けの小説は大人の主人公、子ども向けの小説は子どもが主人公のものが多かったのですが、『かがみの孤城』などを書くうちに、子どもの時間と大人の時間は断絶しているわけではなく、繫がった流れの中にあるとより強く感じるようになったんです。ある時期にはすごく大切に思っていたはずの友達と、関係が途切れてしまったことは誰にでもある経験だと思います。いろんな理由で連絡が途絶えてしまった後、もう一回繫がりたくても勇気が足りなかったりする。

 それに、子どもの頃に、よく分からないながらに参加していた行事や風習について、後から「あれってなんだったんだろう」と思い出すこともありますよね。今回はそうしたものを振り返って捉えなおす、「記憶」というものをテーマに書こうと思いました。

――〈ミライの学校〉は子どもの自主性を育むという理念を掲げた教育団体ですよね。ミカの両親はそこで活動していますが、この団体では親子は離れて生活するのがルール。ミカは幼いうちから他の子どもたちと暮らしていますが、本当は両親と一緒に住みたいと思っている。

辻村 〈ミライの学校〉はその後社会で「カルト的」と呼ばれる場面が出てきますが、内部にいる大人たちの気持ちはあくまで真面目なものだということを書いておきたかったんです。その真面目さから、善意による活動だと固く信じている。ただ、親が子どもに良かれと思ってしていることが、必ずしもその子が欲しているものとは限りませんよね。また、真面目であることが危うさも孕む。育児や教育って正解がなくて、あやふやななかで行われている。それに、純粋な理念を掲げ、人格者だとされている人でも、その人の周囲には彼らに振り回されて大変な思いをしている存在がいたりする。〈ミライの学校〉の場合、自分の子どもが家庭を求めているのに、親は見知らぬ子どもの未来に一生懸命になっている。そうした状況下にいる子どもの内部で何が起きるのかを追いかけたかった。それで、第1章はミカの視点にしました。

 ノリコは外部の視点から〈ミライの学校〉を見る存在です。彼女は母親が平凡であることや、学校での格好悪い自分にコンプレックスを持っています。生まれ育った家庭や今いる環境に不満を持ちながら〈ミライの学校〉に飛び込むという役どころです。

――2人の微妙な心情が繊細に描かれますよね。ただ、中学生になると彼女たちの繫がりは途切れてしまう。

辻村 ある時期を共に過ごしその後離れ離れになった場合、その時期のことが綺麗な思い出として結晶化されていくことがあります。同時に、それは自分だけのことで、もしかしたら相手にとってはそれほどのものじゃないかもしれないと不安に思ったりもする。自分を覚えてくれているかどうかもわからないし、ましてや改めて繫がり直そうとするなんて、傲慢なんじゃないかと思ってしまったりもする。

 そうした、結晶化された思い出というところから「琥珀の夏」という言葉が出てきたのですが、このタイトルが話を牽引していってくれた感じがします。装幀もいいんですよ。

――泉の前に少女がいる絵ですよね。〈ミライの学校〉のそばにある泉は、作中の重要なモチーフでもあります。

辻村 木こりが泉に斧を落として「あなたが落としたのは金の斧ですか、銀の斧ですか」と泉の女神に訊かれる童話がありますけど、それみたいだなって思ったんです。この小説は、「あなたが落とした思い出はどれですか」と問われて「曇りのない綺麗な思い出です」と答えたら本当は……という話だったんだ、と。デザイナーさんや装画のはるな檸檬さんたちの意図とはひょっとしたら違うかもしれないのですが、この装幀にはそこまで汲み取って表してもらえた気がして、とても嬉しかったです。

集団による同調圧力、その中での子どもの無力さ

――〈ミライの学校〉にはモデルがあるのですか。

辻村 オリジナルです。私が小さい頃、近所の優秀な人のところに子どもたちが通って個人塾のような形で勉強を教わることがよくあって。そういうとき、つまり、地域に理念や強い言葉を持った人がいた場合に、周囲がそれに染まっていくようなところがあるなと、そんな印象を持ったことがあります。たとえば環境問題などについても、今はSNSがあったり、情報が広く得られる分「怪しい」という印象になるようなものも、当時は曇りない気持ちで純粋に飛び込んでいける人が多かった気がする。ノリコやミカは私と同世代なので、時代背景としてそうした風潮を意識しながら作りました。

〈ミライの学校〉では、組織を牽引しているのは女性です。それも当時の世相を反映していて、私の小さい頃って、優秀で県外の大学に行った女性でも、地元に帰ってきて結婚して専業主婦になるのが当たり前という風潮が本当に強かった。そういう人たちが持ち前の真面目さと優秀さから、「子どものために良いことを」と考えて何かを始めることがありました。そうした、私が幼少期に見てきたものが、〈ミライの学校〉の設定に繫がっています。

琥珀の夏辻村深月

定価:1,980円(税込)発売日:2021年06月09日

別冊文藝春秋 電子版38号 (2021年7月号)文藝春秋・編

発売日:2021年06月18日